よかれと思って大惨事

感情と思考の供養

駆け抜けるグリーン車

※この記事はほぼフィクションです。実際とは異なる場合があります。

 

 

先日、新幹線のグリーン車に乗った。私は貧乏なので、グリーン車に乗るのはそれが初めてだった。このグリーン車に乗ったときのことを記しておきたい。常にグランクラスに乗っている大富豪の御歴々にとっては、少し退屈な内容になるかもしれないことをご容赦いただきたい。

 

まず乗る前。緊張で吐きそうだった。まるでマナーがわからない状態で行く高級フレンチ。ドアマンに乗車を止められないか怯えていた。調べてもドレスコードがわからなかったため、一応スーツとネクタイに身を包み、グリーン車専用ゲートから乗車した。

車内はほのかにいい匂いがした。一般車両では黄色のシートが、紺色でシックにまとめられていた。なにより、車内がとにかく広い。一般車両の倍ほどの床面積にも関わらず、1車両に4,5人しかいなかったのではないだろうか。

乗車してくる客は名探偵のようなカイゼル髭の紳士や貴婦人が多く、みんな仮面をしていた。貴婦人の語尾はザマスだったし、笑い声はオーホッホッだった。

 

葉巻とブランデーをやっているヒゲの男爵、白いふさふさのついた扇でザマスザマス言っている御婦人。ペットボトルの水をやりながらグミを噛んでいる僕。窓ガラスに映った自分の耳は、恥ずかしさのために真っ赤になっていた。シートの足元は自動でリクライニングするのだが、僕のだけ動きが悪かった気がする。グリーン車の中でも悪い席だったのではないだろうか。

 

そして出発時間定刻に発車。感動した。グリーン車ともなると、定刻に発車するのだ。まったく遅れない。これはとてつもないことである。ご存知の通り、一般車両だったら1時間遅れることなんてざらで、車掌の気分によっては走らないこともあるのだ。

グリーン車ともなると車内販売もすごい。せっかくだからと販売員さんに「あ~、チミチミ」と声をかけたら、「はい、閣下」と言われ、ビールを頼んだらサミュエル・アダムズのユートピア(¥16,000-)しかないと言われた。小銭しか持っていなかった。「あ…やっぱいいッス………」「(チッ)」というやり取りを経て、僕の耳は赤を通り越してドドメ色になった。一番搾りが飲みてえ。

 

あまりの惨めさに涙目になりながら寝たフリをしていたら、いつもより早く着いた。そして予定の上野駅よりも先の東京駅まで来ていた。サービスだろう。グリーン車ともなると、定刻より早く着き、長く走るのだ。一般車両は少し遅れてさえいた。

ちらと覗き見たグランクラスには左右に美女を侍らせた王や、フルーツをたしなみ、左右の侍女に大きな葉っぱで仰がせている女王がいた。程遠い世界で、現実とは思えない光景だった。