陽の光を避けていても、窓際が暑い。空気がゆらめいている。雨が降らなくなったと思ったら、梅雨が明けていた。毎朝のリズムでついているテレビは、世界各地の水不足と異常気象を伝えている。ヨーロッパはどうやらエアコンの普及率が低いらしい。前提となる気温、湿度、文化、住環境が違うのだろう。一瞬そう理解しても、僕の基準は日本にあるために、信じられないという見知らぬコメンテーターの大仰な反応に同調してしまう。それから画面は急転し、見知らぬ芸能人の見知らぬニュースに、見知らぬコメンテーターがなにかを言っている。聞こえているはずが、内容がまったくわからない。煩わしく感じてテレビを消す。
暑くなったのに、セミの声がしない。自然が少ないためだろうか。セミは温度帯で鳴く種類が変わると聞いたことがある。もしかすると、暑すぎるのだろうか。セミの鳴かない夏は不自然に静かだ。空が青ければ青いほど作り物のようで現実感が薄い。駅の花火大会のポスターが、規則的に並んでいる。どんな夏でも人は祭をし、花火を見る。
夏のセールで貯まったポイントを使ってイヤホンを新調した。新しいイヤホンは高性能で、ノイズキャンセリングを搭載している。本体の金額が従来のものと変わっていなくても、機能が追加されるのはありがたい。今まで耳栓代わりに使うことも多かったイヤホンが、外界遮断の手段として自分の防殻を強固にしてくれている。ノイズキャンセリングは僕の心を平穏にして、世界をなめらかにしてくれた。
新しいイヤホンのバッテリーを気にしながら帰路につく。白っぽい階段にさしかかると、足元に仰向けになって動かないセミがいた。声より先に姿を見たのは初めてかもしれない。まじまじと眺めていると、足が少し動いたような気がする。驚いてイヤホンを外したら、そこかしこからセミの音が聞こえていた。今年は夏の順番が狂っている。どうやらセミの音はノイズとして無効化されていたらしい。夏の始まりは気付かぬうちに通り過ぎ、そのまま長い終わりを始めていた。僕はイヤホンの設定を外音取り込みに変更して、仰向けのセミを避けながら汗を拭った。鬱陶しいほどのセミの声で、世界が少しだけ削られてざらついた。