人間という生き物の感情表現は、主に首から上が主役になるんですよね。特に顔面。躰の中でも、分かりやすい形状変化がある。手にも可能性はありますが、やはり表情の主だった機関は顔面と言っていいんじゃないでしょうか。表情はその人の頭の中を垣間見る機会で、無表情は相手の内面を推測する手がかりが得られなくて不安になる。お面が怖いと言われるのはそれが原因かもしれない。おそらくピエロも同じ仕組みなんじゃなかろうかと思います。
顔の部位の中でも、表情がもっとも現れるのは、目と口でしょう。「目尻を下げる」「口を尖らす」という言葉もあるし。対して、鼻には表情がない*1。そらそうだ、ふくらむしかないんだから。
先日、職場での出来事を話しているときに、不意に配偶者に笑われた。
「ねえ、小鼻ふくらんでるよ」
少し興奮していたのかもしれない。わたしはまったく意識していなかった躰の変化に、なぜか恥ずかしさを感じた。聞くとわたしはよく小鼻がふくらんでいるらしい。不思議なことに、小鼻がふくらむのを指摘されるのは、なんだか恥ずかしいんですね。たぶん、自分が自覚していない感情の暴発を見られたからじゃないだろうか。不意に口角が上がっているのは、さほど恥ずかしくないんですよ。「表情」として一般化していること、暴発ではなくニヒルやシニカルといった感情として、市民権を得ていることが理由じゃないかと思うんです。小鼻の膨らみは感情表現じゃなくて、おならみたいな生理現象ですからね。
配偶者に指摘されてきたタイミングを勘案すると、自分が納得行く小ボケやツッコミのとき、小鼻が反応してしまっているらしい。満足感というガスの暴発ですね。
「岩田さん、坂下さんと話しているときに、間違って岩下さんと呼んでしまって、みんなキョトンとしていたんだけど、『新生姜みたいにしちゃってすみません』って謝ってさ。まぁ全部僕の頭の中での話なんだけど」という話を配偶者にしたときだった。
あれ?書いてみると面白くないどころか薄気味悪いですね。こんなものを日々お見舞いされていたら、小鼻でも見ているしかないか。
面白かった話を誰かに話してみてください。どうですか?あなたの小鼻は膨らんでませんか?わたしのはたぶん、膨らんでいます。
*1:厳密にはあるが、動きを伴うものはない