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ゴロワースの香り、あるいは氷の溶ける音

お洒落な文章を書いてみろ。

正面に座っていた同期は、ビールで顔を真っ赤にしながら俺にそう言った。

自分でもわかるような引きつり笑いをして、小さく頷いた。ぬるくなったビールをあおった。

──土台無理な話だ。

なぜなら俺は自分が洒落ていないことを知っている。

それに、だ。

こういう一人称とか、無駄な改行、語尾で誤魔化そうとしている。仕方ないことだ。これが俺にできる、注文に対して唯一できる回答だからだ。

 

ということで、お洒落な文章とは何か。ここ2,3日立ったり座ったり、散歩に出かけたら雨に降られたり。洗濯物が干す前より濡れていたり。そういうことをしながら考えたことを備忘録がてら書いていきたい。

そもそも僕は考えすぎる傾向にある。馬鹿みたいに一人でしょーもないことをぐるぐる考え、挙句にまったく関係のないところにきていることが多い。

始末におえないのが、「んで、最終的になんなんだっけ?」となるところである。まるで認知症老人ではないか。

こんな人間が果たして”お洒落な文章”など書けるだろうか。うっすぃうっすぃ表面を撫でたか撫でないかくらいの雰囲気も出ていないものになること請け合いではないか。

 

そうは言っても、せっかくなので。

まずはお洒落な音楽でもかけながら読んでほしい。例えば、ウィスパーボイスなボーカル。ワウとキレのいいカッティングを多用するギター。主張しない重厚なベース。軽快なタム回しのドラム。そういういう音楽を聴きながらだと、何となく雰囲気が出てくるのではないか。間違っても合唱はやめてほしい。しかも合唱コンクールのは特に。青春とお洒落は噛み合わないことが多いから。

 

材料は「酒と煙草と男と女」だ。それでは見てみよう。

お洒落な文章には酒だ。洋酒がよいだろう。バーボンやスコッチ辺りの蒸留酒が好ましい。ワインは知識が必要な上に少し鼻に付く人がいるかもしれない。バーボンについては、必ずロックだ。いや、ストレートでもいい。水割りはだめだ。無闇にアルコール度数を下げてはいけない。ロックの氷が溶けて水割りみたいになったのは、よしだ。時間の経過を示す指針にもなる。

次に煙草だ。ここもわかばやエコーなど、旧3級品は違う。ゴールデンバッドはありだが。これは俺の好みだ。芥川や太宰が吸っていたからありなのだ。ポール・モールやゴロワーズなんかがいいかもしれない。なんか名前とかパッケージがオシャレっぽい。名前も。雰囲気だ。

そして男だ。これは重要だ。物語の主幹となりうる。前者の酒と煙草をどっちもやる。そして酒は強くなければならない。アルコールを一口含んでほろ酔いになるやつに物語をお洒落に進められるか懐疑的だからだ。声も低く、長身、ほどよい痩身か。一言で表すならスタイリッシュ。少し悲しそうに笑うのはどうだろうか。それとも笑わない方がいいのか?ここら辺は適宜だろう。

最後に女だ。ここも前の男と同様、主幹になりうる。高い声でキィキィ叫ぶような輩は違うだろう。矢鱈滅法グラマラスである必要はないが、ある程度の伸長は必要だろう。できればヒールの似合う綺麗な脚がいい。加えて、含みのある物言いが影を作る感じだ。断定しない口調だろうか。

 

ここまで考えた。これは果たしてお洒落か?どこかから借りてきた衣装を似合わないまま、おだてられるまま着ているような気もしないでもないが。その疑問を抱いた上でこの前見た嫌な夢の話を書こうかと思ったが、どうしても書いている自分が恥ずかしく笑けてくるので、男をハゲ散らかしてみたり芋の水割りを小汚い食堂でくだを巻かせたり、女は女で大声で笑ったりフガフガ言わせながら汚い言葉遣いをさせてしまうので断念した。お洒落さに逆と思われる要素を組み合わせると面白いのではないかという気持ちが湧き起こってきてどうしても雰囲気を維持できる自信がなかった。

 

材料があっても、オシャレに盛り付けることができない。もしそんなことをすすめられても、書いているうちに俺の膝が笑って涙が止まらなくなってしまう。書いてみたいと思う反面、それをする自分に疑問を持ってしまう。

どこかで文体練習として書いてみたいとも思う。どうか笑わずに御笑覧いただけたら。

ポカリスエットを想いながらイオンウォーターに抱かれる

急性胃腸炎から、かれこれ2ヶ月が経とうとしている。光陰矢の如しとはよく言ったものだ。全くもって時が流れるのは早い。以前母上に、急性胃腸炎になったが、なんとか無事に治った旨をお話しした際、以前に母上も患ったようで、その時には入院点滴ものだったそうだ。牡蠣など食べていないならストレスだろうから、まぁあまり溜め込まないようにという助言をいただいた。無茶を言うなよ。

加えて曰く「急性胃腸炎は1度なったらなりやすくなるから気をつけて」とのことだった。またあの痛みを体験するのか、竜よろしく白目を剥きながらケツから血を吹くのかと思うと背筋が凍った。ホワイトアイズ・レッドドラゴンはもうごめんだ。既にストレスで胃が痛くなる思いだった。

 

病床に臥す間になくなったポカリスエットの買い置きを台所下において、おかゆを備蓄した。そして思い出すに、あの頃の私は食べるのも辛く、ポカリスエットに頼りきりだった。ポカリスエット依存だった。ポカリスエットに抱かれたと言っても過言ではなかった。

こういう時、女子力の高い僕は一瞬で美女になってしまうから、「イオンウォーターに抱かれながらポカリスエットの夢を見ている」と錯覚してしまう。

 

馬鹿な話だ。

 

なんでも、水よりも体に吸収がいいポカリスエットは病気のときに、アクエリアスはスポーツ時に飲むのがいいらしい。それを知っていたし、味もポカリスエットの、ちょっとした甘ったるさが好みで、アクエリアスとの最後の思い出は中学時代の部活の休憩の合間が最後だったんじゃないかと思う。あとは母上がアクエリアスを「アクエリ」ではなく「アック」と省略することに違和感をずっと持ち続けていることくらいだった。

「アック」は異質な、違和感ある呼び方のまま、私の記憶の片隅にどっかり居座り続けた。マクドナルドを「マック」と呼ぶことに違和感を持つ関西人のそれと同じような心境なのではないだろうか。私も「マック」と呼ぶ人間なので、ここいら辺はすんなり受け入れたいところなのだが、どうにもそういかないのが人情である。

アクエリアスは「君はとっても乾くから」と言ってきた。「君の乾きのチカラになりたい」と。それでも無味乾燥な私の心は動かなかった。

 

逆にポカリはずっと私と一緒だった。風邪のとき、つまり私が弱っているときには必ず傍にいてくれた。優しく微笑んで、「大丈夫?僕が傍にいるからね」とポカリは耳元で小さくささやいてくれた。「僕は水よりも君に近いんだよ…」弱って視点が定まらない私は「あなたって、やっぱり甘いのね……」とポカリの手を握り返しながら弱く微笑んだ。それは、いつも一緒でいつでも駆けつけてくれる水よりも確かな温もりがあった。

母もポカリは「ポカリ」と言っていた。「ポカリ君、あなたにはもったいないくらいいい人ね」と。

 

そんなポカリにはイオンウォーターという弟がいた。兄よりも色素が薄く、いささか現代っ子らしいクールな印象だった。ポカリの優しさに惹かれながら、マンネリな、いつも優しすぎるポカリの姿に違和感を覚えていた自分の心に気付き、私は愕然とした。

それでもポカリは何よりも私に近かった。いつも優しかった。私は打ち明けるべきか悩んだ。優しさを裏切るまいという気持ちとは裏腹に、次第にイオンウォーターのとこが気になり始めていた。周りは口々に「あんなやつやめときなよ!」「絶対ポカリの方がいいに決まってるんだから!」と私を諌めた。それは私にもわかっていた。でも、一度気づいてしまった恋心は速度を増し、もう自分では止めることができなかった。ポカリも私の心を知ってか知らずか、少し私に遠慮するようになった。いつも何よりも近かったポカリのことだから、薄々気づいてしまったのだろう。それで身を引いてしまうポカリが許せなくて、私は反発するかのようにイオンウォーターのところへ走っていた。

 

ある夜、ベッドの上で私の手はイオンウォーターと繋がれていた。今時の低体温な手だと思った。ポカリと違って素っ気ない。ベタベタとした甘えがない。それが物足りなくも、新鮮だった。「イオンをINしてONになろうよ…」と、イオンウォーターは迫ってきた。「俺は兄さんみたいに甘やかしたりしないよ…」と言いながら私にキスをした。少し怖いと思った。実際、蓋を開けてみるとただの味気ない子供だった。イオンウォーターの底にはポカリの面影があったものの、空虚ささえ感じてしまった。その瞬間、私の脳裏をよぎったのは、優しいポカリの笑顔だった。間違いない。私の運命の人はこの人ではなかったと確信した!

 

イオンウォーターの手を振りほどいて、私はポカリの元に駆け出した。私はポカリの胸に飛び込んで泣いて謝った!ポカリは何も言わずに優しく私を抱きしめてくれた。「やっぱりあなたって甘いのね…」と涙をぬぐいながら小さく微笑んだ。

それから、私はポカリと同棲することにした。私の家には、いつも優しく微笑むポカリがいて、それだけで十分だと思った。ポカリは水より私に近い水で、私の約70%を満たしてくれた。

 

 

私とポカリの恋愛は以上です。

実際は26歳の男です。

白昼夢を見たというあなた。その感性は非常に正しいと思います。僕もまったく同じ感想です。そしてこれを書きながらポカリではなく、日本酒を飲んでいます。僕の中の『アタシ』は、割合誰にでも抱かれるようです。

 

元ネタは敬愛する上田啓太さんの真顔日記。『セブンイレブンを想いながらファミリーマートに抱かれる』です。

diary.uedakeita.net

 

 

皇帝、貴方は正しかった!!

5億ください〜 oh 5億ください〜 zoo

はい、フラれました! 覚えてますか!僕ね、フラれたんですよ!

この中の上のスペックを有していながら!盛大に!

最近休みには人と会っていたんだけど、この土日は予定がないんです。

反動かな?なんだろう、この薄ぼんやり感。

脱力感、空白の脳、虚無、ピクリとも起こらんやる気…

これじゃあいかんと思い、筋トレして走って、バッティングセンターですよ。

体動かさなきゃというこの使命感というか、義務感というか。

いかにもフラれた人間という感じがしませんか?

 

常にかっこいいじゃないですか、僕。

それがね、今やこの有様ですよ。半べそ。人間味、溢れちゃってますでしょ?

好きになっちゃわない?いつも強靭な僕がこんなに弱っているところ、どう?

ギャップにクラっときちゃわない?きちゃいません?

まあ僕が強靭なのは間違った方向にですけどね。

間違った方向に優しいと言われますからね。なんだそれ!

 

そもそもね、フラれたことってないんですよ。あります?フラれたこと。

ほら、面倒臭い性格だけど、それを差し引いてもいい男じゃないですか。そこそこ。

だから『人生で1度くらいフラれてみたいな〜(笑)』だったわけですよ。

それが今やウジウジですよ、精神ベコベコですよ、これは効きますね〜

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さあ、そんなことより、新年度です!新生活です!

どうですか?フラれてますか?

いいですか皆さん、この世にはね、愛なんてないんですよ!

結婚とか彼氏彼女とか!嘘だからね!騙されるな!目を覚ませ!

ないから!愛とか!あってもすぐ壊れるから!

というか僕が積極的に破壊していくから!この南斗聖拳で!!

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おフラれ事件から1週間が経とうとしているんですよ!なのに!なのにあの場面が!

「ごめんなさい」という場面が!脳内で!リフレインするんですよ!わかりますか!? 

いいか!?僕にごめんなさいと言うなよ!わかったか!

よし、ごめんなさい禁止ゲームしよう。ごめんなさいって言ったら負けな。

罰ゲーム決めよう!その方が緊張感と楽しさが出るから!な!

ごめんなさいって言った奴からバールのようなもので殴打される!はい決定!

慰めんかい!なんなら優しくせんかい!でも必要以上に優しくしないで…

ここら辺の面倒臭い乙女心を理解しろ!わかったかコノヤロウ!

傷心に効く薬を買ってこい!見舞いにこい! 

俺にフラレターラを見舞え!ついでにバールのようなもので一撃見舞え!

後頭部から止まらない血でフラレターラ3錠飲むから!あと麻酔も頼む! 

 

 もしくは3億ください。やっぱり5億。

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夕暮れすぎてきらめく街の灯りは

大きな木に淡紅色の花がついていた。桜が咲き始めたらしい。気付いたのは今日のことだった。樹の根に近いほうから花開いているらしく、上空は未だいささか寂しい。なぜ下方からなのだろう。暖かいからだろうか。栄養が行き渡りやすいからだろうか。幾日か寒い日が続いたが、もう1週間もしたら満開になるのだろうか。雨で散ってしまわないだろうか。そんな小さなことを心配してしまう。満開になったら、近くの公園にビールを持ってひたすらに「東京」というタイトルの曲を聞きながら夜桜を楽しみたい。「貴様がいるのは東京ではないではないか」などと言う無粋なことは言いっこなしである。要は気分の問題なのだから。これはかれこれ4年もやっている儀式というか、僕個人における祭りみたいなものだ。

 

もう1週間もすると桜が満開らしい。会社の近くは桜祭りだとかで、通りに提灯が並んでいる。夜に灯るとなんとも美しい。

しかし寂しいことに、梅はそのほとんどがこぼれてしまった。東北の山間部辺りではまだ見られるだろうか。あの梅を見かけたときの安堵と小さな歓びは桜が取って変わってしまった。結局、今年も高尾梅郷には行けなかった。いつも時期を逃してしまう。

 

先日、大まかに1年ほど会っていない人と会ってきた。僕は、恥ずかしながらその人に好意を持っているようだった。会わなかった1年の間、幾度か曖昧模糊な、靄々とする感情があった。それに気付くと大体はバツの悪い、苦笑いと溜息をつきたくなるばかりだった。恐らく、川端康成言うところの

なんとなく好きで、その時は好きだとも言わなかった人のほうが、いつまでも懐かしいのね。忘れないのね。別れたあとってそうらしいわ。

『雪国』

da-shinta.hatenablog.com

といったところだろうか。折に触れて湧き上がる掴み所のない浮ついたようなそれが、僕にとっては非常に我慢ならなかった。

いい機会だと思った。年度末だから、さっぱりして新年度を迎えようと思った。そのために今月末に会う約束を取り付けた。仕事も私生活も一区切りだ。うってつけだーー勿論これは、自分が逃げないようにするため、自分の重い腰を上げさせるために作り上げた体のいい小理屈だ。別に年度末でなくたって、年末だってよかったはずである。しかしこれに関しては更に恥ずかしい話があって、大まかに1年会っておらず、昨年末に意を決してお会いした際にはいよいよ言い出せず、モジモジとしてしまった過去がある。そこからほぼ4ヶ月。そのときのリベンジでもあった。

結果、というか、会って始めにする話でもないと相も変わらずずるずると引っ張り、解散のときに僕の重い口は開いた。酒の力を借りるという非常に恥ずかしい、男らしさの欠片もない状態で、事前に考えていた散り散りの台詞を拙い思考で追いかけることになった(寧ろ男らしさとかいうものは幻想で、こういった女々しさの方が男なのであります)。

好意を持っていたということを今更ながら伝え、加えて雲煙模糊な感傷的な感情に決着をつけに来た旨を伝えると、「私は自己満足に付き合わされているのか」と呆れ顔で彼女は言った。彼女らしい物言いだと思った。僕は思わず笑ってしまった。そして僕が笑い終えると、呆れ顔のまま「嬉しいけど、ごめんなさい」と静かに言った。

言葉にしたことで、僕の形容しがたい感傷との決別。目的は達成された。出来れば非常識だの厚顔無恥だのとこっぴどく罵られた方がさっぱりとしたかもしれないが。

 

あぁ、忘れていた。書いていて、僕が考えた遺言に等しき台詞の中に、伝え忘れていたことがあったのをひとつ思い出してしまった。彼女はスカートを穿かない人だった。ずっと前に「次会うときにはスカートを是非」とお願いしたことがあった。次の時に彼女はスカートで、僕はそれが嬉しいやら恥ずかしいやらで、ろくに見向きもしなかった。とてもよいということを伝えられずにいたことを謝罪したかったのだ。まぁそれも既に後の祭りというやつか。

 

"思いのまま"という花がある。梅だ。この花の芳香はほの甘い。今回の出来事は非常に惨めなかたちではあったものの、僕の目的は達成された。思いのままだった。梅の別称を春告げ草という。春は来なかった。梅は残念ながらこぼれてしまった。 雨の降り始める音を聞いた。

 

雪国の踊り子

ここ2,3日冷えたものの、東京は次第に暖かくなってきてた。そろそろ桜のつぼみがふっくら丸みを帯び始めるのではないかと思われるくらいに、もうすっかり春の様相である。ぼちぼち春服にしなければいけないなあと思いながら、ファッション誌なるものをパラパラと立ち読みしてみると、これがどうにも分からない。なんだ、『敢えて』だの『異素材で』だの『ハズす』だの。こっちとらハズしっ放しのハズかしい人生だってのに。正解を知らないからハズしようがない。何度読んでもファッション誌がまったく分からない。ファッション誌からそのまま出てきたような服を着ている人を見ると、ちょっと後退りしてしまう。あれはなんだか2次元みたいな、誌面から出てきてはいけないようなものだと捉えている節が僕にはあるらしい。そんなファッションあるじゃないですか。

更に後ろの方の特集では『女子のホンネ』『こうすれば気になるあの子をオトせる』みたいな、途中がやたらとカタカナになっている数ページは読んでいて赤面してしまいそうになるし、そもそも(そんなの人によるだろ…)と、どうにも楽しめない。なんだ、ムー感覚で楽しむものなのか?

でも世の女性陣はイケメン読モなるお洒落な奴らが好きなのだろうなあ。

 

お洒落といえば、最近どうにも鼻に付くのが川端康成。『雪国』や『伊豆の踊子』なんかが有名な日本人初のノーベル文学賞受賞者。僕は『眠れる美女』ですっかり挫折して離れてしまいましたが。眠れる美女を三島由紀男は非常に構成的と言っていたけど。今一度読めば分かるのかしら。

 

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

川端康成『雪国』)

それでもこの冒頭は知っているし、洒落たもんだなあと思う。ちなみに国境は「こっきょう」ではなく「くにざかい」だという話を聞いたことがある。なるほど国内に「こっきょう」はないからな。

 

ちょっと文学を調べていると、『高踏派』だの『白樺派』だの『余裕派』だの、まあたくさんの派閥が出てくる。『自然主義』や『新現実主義』、『耽美主義』なんて、主義もたくさんある。ちなみに僕の本棚には『無頼派』と『新技巧派』が多い。

川端康成は何かというと、『新感覚派』だそうだ。

気になって川端康成を調べていくと、まあお洒落な文なんですよ。ちょっと腹立つくらい。

 

なんとなく好きで、その時は好きだとも言わなかった人のほうが、いつまでもなつかしいのね。忘れないのね。別れたあとってそうらしいわ。

『雪国』

同じ雪国より。これは結構心当たりがあって軽い悲鳴をあげてしまう人もいるんじゃないですか。どうですか。

 

別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます。

『掌の小説』

 これがまっっった小洒落ているとは思いませんか。小洒落ていてなんだか腹が立ってきた。コノヤロウ!康成コノヤロウ!これをされると、男はおそらく思い出してしまうし、匂いのあるものだと余計に花に気付きやすくなるんじゃないかなあと思うわけです。そしてこんな文章を男が書けるもんなんだなあと感嘆する。これは完全に女性の視点なんじゃないのかな。少なくとも僕は考えもしないだろうし。

 

騙されないで人を愛そう、愛されようなんてずいぶん虫のいいことだ。

『女学生』

ははは。 

 

 

全体的に小洒落ていますね。顔はちょっとした妖怪みたいなのに。してやられた感じがとても悔しいよ。

最後にもう一つ。周りの同棲結婚出産ラッシュに身を屈め、ひとりの寒さに耐えている僕に、川端先生の言葉が沁みるわけですよ。

 

健全な愛は健全な人にしか宿らないものだよ。

水月

 

……そっかぁ。

 

打席に立って大惨事

異動して3ヶ月が経った。泣きながら走り回っていることが多い。足腰の弱さ、姿勢の悪さも手伝ってか、特に腰が痛い。圧倒的疲労である。これは皇潤の出番だろうか。それとも世田谷育ちのグルコサミンだろうか。誰ぞ!誰ぞ有識者はおらんか!誰ぞこれへ!

そんな具合に僕はひ弱で、相手が社長だろうがべっぴんさんだろうが、人といると先に疲れたと駄々をこねる。べっぴんさんと一緒の場合は、「疲れちゃったから、どこかで『休憩』しない?」だけれど。

まあ、体力が恥ずかしいほどないという話なんだけれど、一応小中と野球をやっていた。申し訳程度に。今の「会社なんて隙あらば休もう」という姿勢は、思い起こすと少なくともこの頃には出来上がっていた技能〈スキル〉だった気がする。そんなんだから当然、部活をやっていたと言っても部員の中でも特に体力はなかったし、肝心の野球の技術は見るも無残な状態だった。そもそもやる気がない。足が速くないので走塁もいまいち。守備は外野のくせに落下地点が分からなくてフライが取れないという致命的欠陥を抱えていた。当時の友人ら曰く、「お前のところに飛んだら、終わったと思ってたよ」だそうだ。ひどい話である。しかし、残念ながら反論はできない。ボールが飛んできたら、僕も(終わった…)と思っていたから。だって落下地点が分からないんだから。僕のところに飛ばすなんて、ひどい話である。更に言えば、外野は大体暇で、守備の際あまりにボールが飛んで来ず、来てもフライという悪夢に嫌気がさして、ほとんど(帰って漫画でも読んでいてえ…)とぼんやり空を眺めて、飛んでいた鳥をボールと間違える『野球部あるある』を繰り返し、はるか後ろに飛んだボールを拾いに行ったりしていた。守備というよりも球拾いの方が近いくらいだったかもしれない。

それでも、これはほぼ才能の域と言っていいくらい、バッティングだけはよかった。贔屓目に、多めに、甘く見積もってだけど。当時の友人ら曰く、「ほんと、バッティングだけは良かったよなあ」だそうだ。ひどい言い草である。バントもできるのに。

 

昨年末に友人とバッティングセンターに行った。その日はバッティングセンターをハシゴしていて、2件目だった。球数は既に50球は超えていた。体力がないのでふらふらなんだけど、日頃の運動不足もあって打ち続けた。小フライが4球続いて考えてみる。原因は恐らく右肩が下がっているかバッドヘッドが下がっているからだろう。身体の回転はぶれていない。疲れのせいかもしれない。ホームランを狙っているから、アッパースイング気味になっている可能性もある。バッドヘッドを意識する。自分の感覚でボールの芯少し上を振る。そうしていい当たりが連続する。

僕の場合、バッティングはそういうトライ&エラーの繰り返しだ。練習でその精度を高めて、試合で試す。球種や配球、ピッチャーの投球の癖も打席に立つ前に意識して見る。それがヒットに繋がれば勿論嬉しいし、バントだってライン際に落とせたら楽しい。成功した自信が精度をあげる。守備にはそれを見出せなかったけれど。

 

 

先日、社用車を運転していると、perfumeの「心のスポーツ」がラジオから流れてきた。

心のスポーツ/prefume

 

なるほどどうやら、恋愛とは心のスポーツであるらしい。のっちが言うんだから間違いない。スポーツったらスポーツなのだ。

僕の歴代の彼女は、リスカ、浮気(されていた)、不倫(相手が嫁がいる男と情事を常時。乗じたりしていた)とレパートリーに富む。

こと恋愛に関して僕は打席に立っても、トライ&トラブル続きだ。おかしい。運動神経はいいはずなんだけれど。次第にイップスになってしまったみたいで、恋愛が怖い。そしてそれに一喜一憂することが疲れる。要はスタミナがない上にポテンヒットも打てない。僕にとっては苦手な競技だ。もしかして守備なのだろうか。だとしたら最悪だ。もう僕にできることは何もなかったということになる。

結局、安全に脳内で気持ち良いヒットを打つシミュレーションをしているのがお似合いらしい。僕の脳内彼女は最高なのだ。最高ったら最高なのだ。

先日、大学の学友が入籍した。周りは2人目が産まれたり、入籍したり、同棲したり。まあ何が言いたいのかというと、可及的速やかに、脳内彼女を脳内嫁に昇華するしかないかなってこと。

 

KETSUKARA in my Blood

先週、昼過ぎに起きて、なんだか腹の調子が悪いなあと思っているとどんどん痛くなってきて、それはそれはものの見事な痛みで。夕方にはもううずくまる以外に過ごしようがありませんでした。ケツ論からいうと、急性胃腸炎になりました。ケツという堤防がケツ壊したのであります。

 

病のために床に臥したのは恐らく昨年の夏以来で、僕は夏になると一ヶ月くらい体調を崩すのだけれど、冬に体調を崩したのは二十歳の頃にインフルエンザになって以来じゃなかったろうかと思われた。我ながら大健闘だ。誇るべき丈夫な体だ。馬鹿は風邪どころか病気をしないのかもしれない。

そんな僕が39℃近い熱を出し、ふらふらとトイレとベッドを行き来しているうちに、土日は過ぎていってしまった。せっかくの休みだった。今月も忙しく、朝から晩まで、精神を折られるどころか粉々に打ち砕かれ、粉のようにサラサラとしたものになっていた。疲れが溜まっていたのかもしれない。その間というもの、実に悲痛な、悲惨な、凄惨な、暗澹たる時間を過ごした。

 

 主に過ごした場所はベッドとトイレ。ベッドで仰向けになるも、痛みも便意も収まらない。体を右へ左へ向けてみても、痛みは刻一刻とひどくなっていくようだった。膝を抱えるようにベッドにつっぷして、痛みが引くのを待つしかなかった。もうとっくに出すものは出し切っているだろうに、それでも僕の腹の内壁は切れ味の悪いのこぎりで切られているような、嫌な上司に執拗にチクチクと針で刺されているような、そんな感覚に苛まれ続けていた。

1時間に2,3度トイレに駆け込んだ。1回がおそらく10分程度だったろうから、大半をトイレで過ごしたことになる。トイレの住人になった。部屋を物置にしてトイレに寝起きしたいくらいだった。トイレの神様の誕生は恐らくこんな感じだろう。あまりの痛みにタオルを口元に当てて、呻いたり、叫んだりしていた。トイレの壁に頭を打ち付けていた。そして打ち付けた音が乱暴なノックに似ていたため、「入ってむぁーーすッッ!!」と絶叫し、また痛みでトイレの壁に頭を打ち付けていた。そしてまたひとしきり打ち付け終えると「入ってむぁーーすッッ!!」と絶叫を繰り返した。無限機関の誕生であった。トイレの無限機関神様の爆誕であった。

 

3日3晩トイレの壁に頭を打ち付けて、夜も寝たかと思うと痛みで起きだすような生活をしていた。無論、月曜は会社を休んだ。無限機関は残念ながら外に持ち出すことができなかったのである。加えて、僕は自分の家のトイレの神様であり、他のトイレでは神でないのであった。

 

持論で『病のときは、汗かいてめちゃくちゃ食えば治る』というのがあった。夏に1ヶ月体調を崩したときも、毎年これで乗り切っている、信頼のある持論だった。多分、科学雑誌ネイチャーにも載っていた。ところが、今回は一切食べたくなかったのである。食欲が一切湧かないどころか、食べ物に嫌悪感さえ抱くほどだった。そんな状態のまま、請求処理等の業務が残っていたため、火曜日にはポカリスエット片手に出社を余儀なくされた。

ふらふらの働かない頭を抱え、漏らさないよう祈りながら出社。シンプルなことは辛うじてできた。なんとか一通り仕事を終え、漏らさないように祈りながら電車に乗り、帰ってくる。転げるようにトイレに行って、さんざ呻き、結局ほとんどなにも出てこなかったが、体を回転してレバーに手をかけ水を流そうとして、笑ってしまった。まさか血便が出るとは思っていなかったから。自分から、自分のケツから血が出てくるとは。血便は2日続いた。元来貧血気味だったために血を失うことに抵抗があって、献血どころか健康診断の採血でさえ嫌だったのに。こんなことならバレンタインデーに山口に行ってくるべきだったかもしれない…(参照:パーティーは終わったんだ - よかれと思って大惨事

 

ケツ果、3kgほど痩せていた。暴力的、圧倒的デトックスであります。強行ダイエットです。確かライザップもこの方法が1番だと言っていたとかいないとか。ゆるくなっていた腕時計もベルトも、更にゆるくなっていた。どうにも急性胃腸炎になると周りの物が大きくなる傾向があるようだった。

 

 備忘録として、以下は携帯のメモにあったものや振り返りなど。

・食べ物やポカリを持ってきてもらうサービスはないだろうか。
・人に頼れない(なんで俺がとか面倒臭いとか思われそうで)。みんな人がいいから、泣きついたら助けてくれるだろうけど。そして逆のときは、助けられる人間になりたい。
・やっている病院と時間の把握
・僕が結婚したらトイレ2室必要だ、離婚原因になりかねないから。
・無理を押して出社した。シンプルなことしかできなくて、逆に頭がスッキリしていた。腸も超スッキリしているのだろう。ここに因果関係はあるのか?

・計4日ほど、ほぼ食べないで生活をした。髪はどんどん細く張りがなくなっていく反面、嘘のように髭は伸びた。僕のなけなしの栄養は全て髭に吸いつくされ、最終的には本体が髭になってしまうのではないだろうか。

 

 

1週間経って、気は遣うものの、まあ普通に食事ができるようになった。昨日は先週から溜め込んだ掃除洗濯。

今日は御茶ノ水にCDを買いに行って、亀戸天神社に梅見物。白梅はいい。青軸垂れは面白い。白梅の香水は持っていたのだが、春告の香水も欲しくなる。いい匂いの境内からは獅子舞が踊っているのが見え、お囃子が聞こえていた。帰りがてら、秋葉原でパソコンを見て、結局iMacにしてしまおうか悩む。

1週間前、泣きながらトイレの壁に頭を打ち付けていた人間とは思えない、良い休日を過ごした。トイレの神様と無限機関は引退しようかと思う。皆様も何卒、ご自愛を。トイレより愛を込めて。