よかれと思って大惨事

よかれと思って大惨事

感情と思考の供養

イビキVS

飲みかけの紅茶を手に取り、カップを思い切り傾けて勢いよく飲んだら、気管にとんでもない量の液体が誤って混入し、それを吹き出すまいと必死に我慢していたところ、とうとう気管に限界が来て鼻から口から大量の紅茶を机やらイスやらにぶちまけた貴方!奇遇ですね!僕も同じことをしてしまいました!

タオルで拭きながら笑いがこみ上げてきて、もう色んなことがどうでもよくなっちゃいますよね!知るか!みたいなね!ハハハ!

 

イスに座ってパソコン立ち上げたらケツと手のひらが温い液体で濡れているのを見つけました。なんだこれは!ふざけるな!不法侵入か!

気持ち悪いので、パソコンもイスも買い替えたい。つい数ヶ月前までハンモックが猛烈に欲しかったのに、今はロッキンチェアーがどうしようもなく欲しい。それに揺られて本を読みながらうたた寝して、起きて、セミダブルのベッドで大の字になって寝なおす。みたいな生活をしたい。

 

そんな睡眠欲肥大化現象にさいなまれている僕は先日、会社の委員会みたいなやつの総会があって。弊社保養施設で2泊3日で。まぁ行かなきゃよかったと思ったんですけど。

初日の飲み会。ここで案の定人見知り神拳を炸裂しまって、どこか僕でも入り込めるところはないかなと嗅覚働かせて探したんですけど、各所で鉄壁の円陣が組まれてました。見事オールアウェー。乗り遅れたビックウェーブ。そして内輪ネタのオンパレード。

 

いろいろ面倒になって部屋で寝ようと決めたんですよ。しかし懸念がひとつ。同室になった同期のSくん。Sくんは体毛の濃さと話の異常なつまらなさもさることながら、何よりイビキがすごい。以前に研修で同室になったときにはとてつもない音量に思わず耳栓を購入してしまったんですよ。

そんな経緯があったんで、今回もその時の耳栓を頼りに持っていったんだけど、これが安易だった。

 

2泊3日の初日。Sくんのイビキが聞こえるより先に寝てしまえばこっちのもんだ!と気負ったせいか、焦ってしまってなかなか寝付けない。そうこうしているうちに、というか3分くらいで聞こえてくるイビキ。耳栓がぜんっぜん役に立たない。それでも寝てしまえば!と思って焦る焦る。寝られない。ウトウトする!勢力を増すイビキ!それはまるで踏切音!!

どうしようもなくなって、掛け布団だけ持って押入れに入り込む。気分はドラえもん。そしてのび太のイビキが炸裂!

押入れでも寝られない!踏切にさらに電車が迫るような音!押入れの外には朝が!!Sてめえ!!

初日。完敗。気持ち良さそうに寝ているところが余計に苛々する。

 

二日目も飲み会を早々に引き上げる。なぜだか異様に眠いし。なぁ、なんで俺は眠いんだ?ん?おいSくんよぉ。俺はなんでこんなに眠いんだ??ヘラヘラとクソつまらん仕事のアピールはいいから答えろや。

寝る前に一応Sくんを亡きものにしようかと思ったけど、前日寝られなかったからか睡魔に襲われてすんなりと寝入った。

 

 

と思ったら襲いかかる雷鳴!轟く轟音!震える窓ガラス!1時!

S村てめえ!!!

雷の正体はイビキだった。イビキ止めるか息の根止めるか選べや。雷もここまで轟かないぞ。てめえは雷神か。ん?雷神なのか?雷神?口から雷出してる場合じゃねえぞ。神殺しじゃ!てめえの息の根を止めてやろうか?ん?ん??止めてやろうかァァアアアアンンン!?

 

 

今回はさすがに寝たかったので、諦めて掛け布団背負って大広間のソファへ。ソファはがっつり寝るのには向かないですね。おかげで寝付くのに時間はかかったが、なんとか就寝。

 

 

と思ったら管理人が空き缶を片す音!起きる!朝5時!

うるうううううぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!

 よし!S村ブン殴りに行こう!

部屋へ戻る!静か!!よし寝る!

 

と思ったらJアラート!起きる!朝7時! 

 OK!落とせ!俺だけ死ぬように落とせ!戦争じゃいこるるるるうrっあああああああああ!!!

 

睡眠上手の僕が、かれこれ2週間、うまく寝られなくなっている。許さないからな。絶対に。

 

台風と頭の靄

天候のことばかり話す人を天候居士と言って、天気のことしか話せない無能な作家を指した。という話があった。

 

タリム。そんな名前の付けられた台風18号が通り過ぎた。これは日本を徹底的に縦断していった。月曜が敬老の日で3連休だった。台風が過ぎ去ったあと、1週間も前に通り過ぎたと思っていた夏が、台風とは逆に眼前に戻ってきたらしい天気だった。土日の非道い豪雨と月曜のしぶとい夏の日差しには随分辟易とし、せっかく立てた出張にかこつけた山梨旅行の予定は脆くも崩れ去ってしまった。

月曜、台風一過の後の暑さは、低気圧が南からの空気を呼び寄せたりだとか、空気中の塵芥を巻き込み持っていったために、太陽光が当たりやすくなるから。というようなことを、ほぼ30になってようやく知る。まったく余計なことをしてくれるものだと思う。九州の知人に、ぼんやりする頭で「とにかく海と田んぼの様子は見に行った方がいい」と親切に教えてやったのだが、「仕事しろ」とだけ返信が来た。

長野の出張。社内の人間とはいえど人見知りを遺憾なく発揮し、必要以上には話せなかった。誰と何をどう話せばいいのか。そんなことをあてもなく考え、次第に面倒臭くなって部屋でごろりと横になった。みんなが自然に楽しそうにしている中、隅で様子を窺っているのがひどく惨めで恥ずかしく、それでも自分の変化のなさに少し安心したりした。解散のあと一人別行動で山梨に向かったのだが、何をするでもなく甲府を彷徨い歩き、金曜の夜、駅近くのホテルから、富士山がその頭だけを他の山々の上から出しているのを暗くなるまで見ていた。太宰治の"富嶽百景"という作品が、「富士には月見草がよく似合う」という一文と共に僕の中に残っていて、それを読みながら太宰も甲府でこんな景色を見たのだろうか。と感慨にふけっていた。翌日は雨。山梨県立図書館に逃げ込んだ。白を基調とし、ガラス張りで、天井の高い現代的で綺麗なところだった。こんな図書館が近くにあればいいのにと思った。

 

ここ数年、元からぼんやりしている頭の中に、霧のようなもやがずっとかかっている。これを脳の溝に思考のゴミが溜まっているせいだと思っているのだけれど、どうせなら台風はこの思考屑も持っていって、今日の空くらい僕の頭の中もすっきりさせてくれればいいのにと、もう寒さに備え始めた躰で炎天下の中を歩く。出張の疲れか、いささか躰が重い。髪を切るために歩いていると、半袖やら長袖やら、色んな格好をした人たちが日陰を縫って歩いている。こんなに暑いなら、いっそ坊主くらい髪を短くしてしまおうかと思う。路地のいつか行こうと思っていた蕎麦屋の入り口にテナント募集という貼り紙がされてあった。前髪をいつもより短く切った。思考屑が髪と共に切り落とされたためか、頭が少し軽くなった気がした。

 

OK、俺が結婚を克服してやるよ

昔は全然"人恋しい"なんて思わず、むしろそんなことを言うやつは人間強度が低い未熟者だとすら思っていた。一人を享受できない人間が、人生を活きられるわけがない。一人を徹底的に貫かん!圧倒的一人!それこそが正!拗らせてると言われればそれまでだけれど、それでも心底そう思っていた。確信していた。

だから、その僕が"人恋しい"という感情を覚え、それだけでなく一定間隔でそれに襲われることに、強度が弱くなっている。と感じるのは当然だし、驚くよりも辟易とする。という表現が正しいように思う。

 

さて、この状況を完膚なきなでに打開しよう。これを誰かに埋めてもらおうなんて、とんだ、唾棄すべき都合主義。人間強度が聞いて呆れる。しかしこの感覚をなかったことにできるほど鈍感でもない。そうなれば。感情を押さえ込むには理由、理屈が必要だ。本能を否定するには理性。僕が心底平伏し、一人がつらい。と思うことを「恥ずべき!なんと愚劣極まるか!」と罵倒し、一旦下げておいて「お前ほど素晴らしい人間を介さない世の中なぞ気にするな」と飴で甘いあまいしてくれる俺が必要なのだ。

 

それでは僕を操る俺のために、いくつか理屈を提示してみよう。「不意に結婚したくなる男」なぞというものが、データと確固たる意思から結婚など不要だと思い直すための、平穏を取り戻すために。

 

news.mynavi.jp

 

首都圏、関西在住の20〜36歳に回答をもらったこの記事によると、

女性の結婚したい理由(897名)

1位.子供が欲しいから(15%)

2位.家族・家庭を持ちたいから(11%)

3位.寂しいから(8%)

安心・安定したいから、友達の結婚に刺激されたからと続くらしい。

 

男性の結婚したい理由(477名)

1位.寂しいから(13%)

2位.家庭・家族を持ちたいから(7%)

3位.子供が欲しいから(6%)

友達の結婚に刺激されたから、安心・安定したいからと続く。

 

なるほど、男女ともに大体似たような項目が並んでいるわけだ。

データを見ると、大体上位3つは同じ理由が独占している。男性の場合はそのトップが『寂しいから』。つまり、だ。僕はこの3つを克服、とりわけ寂しいからという理由を克服してしまえば、この感覚に苛まれることもなくなるというわけだ。なんだ、簡単じゃねえか。

……あれ?僕のこの"人恋しい"って、もしかして寂しさ由来じゃない?

OK、つまり、一人が寂しいと思うってことは、一人が充実してないってことだ。充実しちまえば、忙しい時に余計なことを考えられなくなるのと同様、寂しい人恋しいなんてことを考える暇がなくなっちまうって寸法だ。息もつけないほど充実してしまえばいいのか。僕は書くのも好きだし、本や漫画、ネットの記事を読むのも好きだ。家には40冊くらい読んでいない本が僕を待っているし、アニメや映画もまだまだ見たいのがある。音楽だって好きだ。iTunesには1万曲くらいは入っているし、ライブだって一人でも行く。一人でふらりと旅行だってする。これらをやっているときには全く寂しくない。よって僕の理論は完璧。そう、人恋しいなんて気のせいだったんだ。単なる勘違い。シュールレアリズム。最後のは違う。

 

さて、いよいよ大詰め。

彼女欲しいとか結婚したいと思うタイミング(複数回答可)。というのも書かれてあったのですが、

1位.クリスマス前後(45.6%)

2位.街でカップルや家族が幸せそうにしているのを見たとき(37.4%)

3位.結婚式に列席したとき(30.3%)

以下、友人の結婚が決まったとき、クリスマスやバレンタインなどのイベントのときと続く。

 

これは余裕。楽勝で克服できる。つまり、「クリスマスやバレンタインなどのイベントには一切関わらず、家族が幸せそうにしているのは単純に喜び、結婚式は友達がいないので呼ばれることもないし問題ない」ということだ。ここら辺にさえ近づかなければいいってことだ。簡単すぎて涙が出るぜ。前だけ見ても何も見えない。

 

www.therootless.com

 

 

おまけ。

なぜ結婚できないのかという理由

1位.出会いが全然ない 52.7%

2位.低収入/雇用が不安定だから 36%

3位.1人でいる方が自由で気楽だから 33.2%

 

うん〜〜わかるぅぅ〜〜怖いくらいちょ〜わかるぅぅ〜〜〜!!!

私ぃ〜、年収200万だしぃ〜、あっ、ブログで年収800万だから合計1000万だけどww

出会いないしぃ〜でもでもやっぱり1人って自由でいいんpぉきじゅhytgrふぇd!!

 

これがただのブサイク非モテ貧乏人の僻み根性丸出し記事に見えている君。そうじゃないんだ。安心してくれ。僕は、いや、我々は!ついに!!結婚を!!克服したのだ!!

窓を開けて外を見たまえ!!さっきよりも世界は優しい色をしているはずだ!

それだけで!我々にはそれだけで十分だろう!

 

嘆くほどじゃない。一人も悪くない。

 

僕がおじさんになあても

先日、fire TVでガオガイガーを懐かしんでいたんですね。ご存じです?ガオガイガー。勇者王の。僕はAmazonのプライム会員だからね、好きに見られるんだ。僕が小学生の頃のアニメで旧い作品なんだけど、そりゃあもうロボのギミックとか機械の接続音なんかがかっこよくて、やっぱりロボットは男のロマンだなと。「ガッショーン!!」「ギュガガガーン!!」みたいなの。いや、別段機械が好きとか、そんなことはまったくないんだけど、これは矛盾してるわけじゃなくて。あぁ、話が逸れた。

 

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勇者王たる堂々とした風貌。おもちゃを買ってもらった記憶が有る。君たちに最新情報を公開しよう!はお馴染みの台詞。

 

その勇者王ガオガイガーでは、主人公のガイが子供たちを助けた際に「ありがとうおじさん!」「おじさんはやめろ、俺はまだ20歳だ!」というやり取りがあるんだ。

どの媒体でもいいし、甥や姪がいる人は実体験でも、なんだっていいんだ。20代から30代そこそこの人間が子供から「ありがとうおじさん(おばさん)!」と元気よく言われて、「お、おじさん…?」と眉間をひくつかせながら自分を指した三人称に不満を漏らすという場面。一度は見たことがあると思う。

僕はこれを経験してみたいと思うんだ。ようやっとアラサーになったんだから、一度くらい『自分ではそんな年齢だと思っていないのに、年寄り呼ばわりされる』という経験をしてみたくって仕方がない。残念ながら人間関係もないし、甥や姪ができる可能性のある親戚もいないのだけれどね。だから正直実現は難しいだろう。でも呼ばれたい。どうしても。そこで博学才穎の僕は考えてみる。

子供からおじさんと呼ばれるにはどうしたらいいだろう。公園にでも行って子供と友達になる?違う。この世知辛い、かつ物騒な世の中では友達になる前に通報されて警察のご厄介になるのが関の山だ。親たちはすれ違う野郎共を異常者か子供に害なす汚物思っているに違いないからだ。

ではなんだ。足繁く幼稚園にでも通う?それはより危ない。交番で聴取を受ける際、「ハァハァ…こ、子供に、お、おじさんと呼ばれたくてハァハァ……」などと答えようものなら、クスリの使用を疑われかねない。いたずらに罪を重くすることはないだろう。

知恵者の方々はお解りのことだろう。答えは、そう、子供を助けるしかない。子供をなにか、例えば野犬や車から。悪の組織や銃弾は駄目だ。分が悪いし、その後のストーリーが始まる予感がすごいから。僕が望んでいるのは"子供におじさんと呼ばれる"までなのだから、それ以上はいらな……いや、待てよ…なんやかんや事件を解決して美女とねんごろになった挙句に大金が手に入るならいいかも…むしろそれがいいな……

まあ、とにかく助けるんだ。そして僕は言う。しかも自分が消え入るような爽やかさでもって「大丈夫かい、お嬢ちゃん」と。そこまでしたらお嬢ちゃんは言うだろう。「うん!ありがとうおじさん!」と。そういう会話が生まれる。生まれてくれ。

 

言われたら、多分僕は笑ってしまう。一応、「お、おじさん…?」と言ってみたいんだけど、あまりにもテンプレートなのにも関わらず、低い遭遇率の場面に出くわしたことがおかしくて声を出して笑ってしまうかもしれない。笑いをこらえて、眉をひくつかせながら「お、おじさん……?」も是非とも言ってみたい台詞だ。

そして僕は言われた瞬間に視点が移動して、自分の右斜め後ろの上空から自分を見下ろすようになる気がする。これはたまにある感覚で、自分が当事者であるにも関わらず、他人事に感じるような。普段の生活でも、事件や出来事がどこか遠いところで起こっているような他人事のように感じることがあるんだけど、それよりももっと、自我も他人事のように感じることがある。恐らく、1,500文字以上を費やして語った「おじさんと呼ばれたい!」というよくわからない夢が実現した途端に自分の自我が躰から抜け出して、まるで白昼夢のようなことだと思うだろう。

そしてお嬢ちゃんは魂が抜けて呆ける僕を見て「どうしたの、おじさん…?どこかいたいの?」とか聞くんだろう。ここまでされたら一晩中笑っているかもしれない。「どうしたの、おじさん……どこか痛いの?」もかなりいい台詞だ。傍観者が当事者になったとき、今まで通りの、知っている流れに身を任せるしかないのだろうと思う。

一番の問題は、早く実現させないと、本当におじさんという年齢になってしまうということだ。

アラサーは30歳±3歳だという。おじさんは一体いくつからなのだろうか。

 

今日一日

人に言われてはたと気付く。正確には思い出す。そういえば今日は誕生日だった。

 

およそ半年ぶりに休日出勤をする。あまりに久し振りで、仕事があることを忘れてしまう。朝、辛うじて思い出して、けたたましく鳴る目覚ましを止める。合間を縫って振動する携帯を乱暴に放り投げる。あと5分だけ。と思って目を閉じると、また目覚ましが規則的な電子音を出し始める。諦めてカーテンを開ける。曇っていてよかった。このまま降らずに、太陽も出なければいいなと思う。躰を転がして自堕落に顔を洗いに行く。

 

誰もいない会社は朝と思えないほど暗かった。誰かが先に出勤していたらしく、面倒なセキュリティを解除しなくて済んだ。着替えて小走りで車に乗り込む。高速で乱暴に割り込んできた車にブレーキを踏む。

そのまま海岸線を横目に車を走らせる。少し太陽が出てきたらしく、水面が乱反射している。この景色はいいなと思う。時間がギリギリだったことを思い出す。

 

担当者たちは既に仕事を始めていた。申し訳なさを堂々とした態度で隠す。今日はいるだけでいい日だから、何食わぬ顔で挨拶をする。二人は大丈夫だと笑って手を動かしている。急に悪いことをしたなと少しだけ後悔する。

何人かから、誕生日おめでとう。という連絡がきていた。昨日誕生日を祝ってくれた人がいて、その時に思い出した自分の誕生日を、また忘れていたことに気付く。僕よりみんなの方が、僕の誕生日を認識してくれていたことが無性に嬉しくなる。一緒に仕事をしていた人たちに、昼食をご馳走になる。うどんと天丼を食べた。二人とも美味しいと言っていて、僕もそうですね。と笑った。本当は味がよく分からなかったけど、なんだか楽しいなと思った。

 

空いた時間を昼寝に使おうかと思ったのだけれど、なんだか寝付けなかった。なのに気付いたら昼休みが終わっていた。ぼんやりしていたら、二人はせかせかと仕事を始めていた。また少し申し訳なくなった。誰かに「楽な仕事だな」と言われる気がした。仕事は14時過ぎに終わった。コーヒーでも飲みながら帰ろうかと思ったが、家にゼリーがあったことを思い出し、後回しにして車に乗り込んだ。随分陽が出ていて、多分さっきより水面が眩しいんだろうなと思いながら、最近手に入れたアルバムをかけて鼻歌を歌った。歌詞は何を言っているのかよく聞き取れなかった。

 

車を置いて、会社に戻らずに家に帰った。池袋駅は混んでいた。何か買い物でもしようかと思ったが、人ごみにうんざりして、下り電車に乗り込んだ。たくさん並んでいたのに、運よく座れた。持っていた本が、あと4ページのところで最寄りに着いた。さっきの聞き取れない音楽の音量を上げて、日陰を足早に進んだ。また誕生日おめでとうと連絡が来ていて嬉しくなった。そのままコーヒーを入れて、ゼリーを出して洗濯をした。時間が遅いから乾かないかな。だったら嫌だな。さっきみたいに陽が出ればいいのにと思ったら、どんどん涼しくなってきた。

 

コーヒーを飲みながら、誰か家に来てくれたらどうしよう。なにくわぬ顔できるかなと、無意味とわかっている妄想をした。今日は家に籠ろうと思ったけど、別段いつものことだった。いつものことだけど、家に居ていい理由ができた気がした。特別なにも起こらなかった。祝いの言葉をくれた人たちに感謝をする日だなとしみじみ思った。

 

お腹が痒くて、掻いたら急に年を取ったようで、一人でよかったと周りを見渡して可笑しくなる。お腹にニキビのような虫刺されがあってまた笑う。アラサーになって、急に腹周りが心配にになって筋トレをした。そしたら腹が減ったので、カレー屋に行こうと着替えをした。外に出るから誰も来てくれるなよと無意味に祈った。自転車に乗ったら少しは地図が早回しになるんじゃないかと思ったが、いつもの景色は相変わらずだった。信号がちょうど青になった。

 

昨日の夜に調子に乗って飲んだ酒が、躰に残っている感じがした。ちょっと奮発してたくさんトッピングしたのに、別段高くならなかった。なんだか自分の器が小さい気がした。カウンターの「キリン一番搾り 350円」が気になったけど、なんだか飲む気になれなかった。多分こういう日に飲んだらうまいだろうなと思ったけど、いつもの味だったら、少し落ち込む気がした。

昔聞いた曲が、違う印象で不思議な染み方をしてくる。今週は水曜が暑いみたいなので、代休を取りたいなと考えていたら、そろそろ今日が終わる時間になってきた。早く寝たらこの気分を持ち越せないだろうか。それとも起きていた方がいいんだろうか。いくつになってもよく分からない。

 

方方見聞録・岡山2

前回

da-shinta.hatenablog.com

 

鷲羽山から眺める瀬戸大橋の絶景を見物し終えて倉敷に戻ってきた。偶然だったんだけれど、この日は倉敷天領祭なる祭りがあるらしかった。倉敷駅から出てメインの通りがその会場で、まあ夏と祭りが大好きな僕としては、一目拝まねば宿泊予定である岡山駅周辺のホテルになぞ向かえないだろうという考えに至った。

通りに繰り出し、法被姿で踊る老若男女を眺めているとややあってから小糠雨が降ってきた。中止するほどでもないのだろうが多少雨が凌げるところでないと濡れてしまうと屋根に逃げ込み通りを見つめる。少しずつ雨が強くなっているような気がして、祭りを楽しみにしていた人たちを思うと部外者ながらなんだかいたたまれなくなってくる。せめて雨の中で踊る人たちの勇姿を見ようと目を凝らす。すると、しっとりと濡れた浴衣美女たちが眼前を通り過ぎる。刹那、なにか、こう、自分の中の新たな扉が開いていくというか、ともかく日本三景にも勝らずとも劣らない絶景が繰り広げられていたわけであります。雨よ降れ。降りしきれ。瀬戸大橋?絶景?三名園?踊り?はあ?筆舌に尽くしがたい、めくるめく眼福繰り広げられる世界。かつてこれほどの眼福があっただろうか。これですっかり岡山愛が芽生えてしまった。

岡山愛って。名前かよ。学年に一人はいそうだ。そういえば前回鳥取に行った際、鳥取大学を"鳥大"と略している人たちがいて、さすがに笑ってしまった。大きめの鳥である。「鳥大やばい」である。相当大きいのだろう。たぶん完食したら賞金がもらえる的なものだろう。ダチョウの丸焼きかなにかか。

 

翌日曜日。朝起きた時点で疲労限界近かったんだけど、 せっかくなので岡山城日本三景の後楽園へ向かう。ちなみに昨夜と打って変わってとにかく晴天。皮膚を刺殺せんばかりの日光。僕が金属なら溶けて液体にならんばかりの暑さ。

岡山城にたどり着く頃には僕の身体はグズグズに溶け、途中に脚であったものとか耳であったものとかを商店街に置き去りにしたためか僕自身が全体に小さくなっていた。正面に黒くそびえる岡山城を目の前にしても、正直どうでもいいとすら思った記憶がある。

 

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岡山城。黒いので、別名”烏城(うじょう)”というらしい。 

 

ここまで来て、あまりの暑さ、疲れにベンチにへたり込み、20分ほど動けなくなってしまった。あぁ、なんでこんなところまで来たのだろうか。どうして疲れは取れてくれないのか。強い身体が欲しい。そして曇って欲しい。と切に願った。もっと言えば、翌日からの兵庫研修もどうでもよくなるくらい疲れて、もう即刻家に帰れないのなら土に還ってもいいくらいだった。

岡山城の中は刀剣とか甲冑が納められていて、かつ他の城の解説も掲示されていてなかなか勉強になった。嘘だけど。全然覚えていない。2,3心に留まったものがあったけど。 

庭園や景勝地巡りは好きなので 、日本三名園のひとつ"後楽園"へ。石川の兼六園のような侘び寂び的要素より、その広さや見晴らしの良さからも、かなり性格の違う印象を受けた。敢えていうなら村のようだった。岡山城に隣接していることを考えると、恐らく城的役割の一端を担っているのではないだろうか。

 

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後楽園内の高台より。目算だが、東京ドーム6億個分くらいあると思われる。 

 

ぐるりと廻ったところで小雨が降り始めて、木陰で雨うつ池の鯉を眺めていると、子供たちが雨に濡れるのも気にせず鯉の餌を一心不乱に投げ始めた。鯉のバシャバシャと波立てる音と蝉の音、そして小さな雨の音が綺麗に連なってとてもよい光景だった。ビールを飲みながら、ここで疲れて動けなくなってよかったとすら思った。

 

そこから重い腰を上げ、脚を引きずり、なんとか兵庫まで行きましたとさ。

そうそう、今回はスーツでの登山はありませんでした。期待していた方、申し訳ない。特別ハプニングも起こっておりません。

平伏。

 

方方見聞録・岡山1

7月中旬は発狂して虎になってしまうのではないかというくらい忙殺されていた。

というのも、7月下旬に月曜から1週間の兵庫出張が決まっており、その準備と併せ急ぎの仕事がいくつか入っていて、諸葛亮孔明ばりにいない間の対応方法を人に授けたり各手配に追われ狼狽していた。更には不調な社内システムや社内の委員会のようなものに引っ張り回されて何一つ思い通りに進まず、とにかく仕事アレルギーのために日々アナフィラキシーで命の危機に晒されているこの僕が、日付を跨ぐまで仕事をするという緊急事態だった。と言いつつも、出張という名目ではあるが未訪問の地に想いを馳せては意識がフワフワ漂っていた。今回もきっとどこぞに行ってみよう。月曜からの出張にかこつけて、前週の金曜日に有休をねじ込んで3連休をもぎ取って……

 

 前回の兵庫出張では土日を利用して鳥取。そして兵庫の、神戸とかいうお洒落なところからは遠い北の方の城崎温泉に行った。

 

da-shinta.hatenablog.com

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そもそもお洒落なところに僕のような薄汚れた不衛生な醜男が行くのは忍びないと思って城崎温泉に行ったのだけど、人目を避けて逃げ込んだそこは周りがカップルだらけでキラキラと、公然とキャッキャウフフな口に出すことも憚られるほどの卑猥かつ破廉恥行為が繰り広げられていた。内面外見共に気分を害し公共の場に相応しくない存在こと僕がお目汚しをしてしまい申し訳有りません。という謝意がひっくり返って逆に(全員の顔を覚えたからな。覚悟しておけよ…)と思ったのを教訓にしつつ、今回はもう夏ということもあり、温泉を避けて選んだ。そうして白羽の矢がたったのが、岡山。「そうだ、鳥取に行こう」は低視聴率のために終わり、新番組は「そうだ、岡山に行こう」ということだ。

ところで当分兵庫出張はなくなるのだが、今になって思うとなんで兵庫を観光しないのだろう。不思議でならない。ひたすら遠くに行かなければいけないわけではないのに。大切なものはいつもすぐ近くにあるらしいが、もしや人の業だろか。業なら仕方ない。

 

まずは金曜日。有休を取ったものの、前日にライブに行ってそれから会社に戻って仕事して、帰りが日付を越えて疲れていたためか昼過ぎまで寝て過ごす。岡山遠いのに。なんなら家から出たくなくなる。暑いし。夕方にようやっと荷造りが終わり、4時間以上かけて夜の倉敷に着く。

アパホテルでは、部屋が空いていたのだろう。素晴らしい心遣いのお陰で、よい部屋に通していただいた。まさか二人旅気分、ひいては同棲気分を体験できるとは思わなかった。ありがとう、アパホテルアパホテル御中。

 

 

 

翌土曜日は倉敷の美観地区を見て回った。倉敷と言えば、ジーンズも有名で場所によっては自分でジーンズを作れたりもするらしい。ジーンズとTシャツだけで十分な人間になりたい。ベストジーニスト賞を賜りたい。と常々思っているのだけれど、ただ荷物になるし夏はあまりジーンズを穿かない。夏以外なら寝るときもジーンズなんだけど。ジーンズで林檎を拭いて丸かじりしたりするけど。ワルそうなやつは大体友達だけど。漢である僕は夏はフンドシ一丁で練り歩く主義なので見送り。

美観地区は白壁の日本家屋が建ち並び、時代劇にでも出てきそうな端正な景観。両脇がなにかしらのお店が軒を連ねているんだけれど、お洒落。入口を開けられないくらい。お洒落なところ怖い。

 

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美観地区というだけあって、景観だけでなく掃除も行き届いている。

 

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たまんないよね。この「ザ・情緒」って感じ。

 

空気を堪能して、そのまま車で瀬戸大橋を見物しに鷲羽山へ。大学時代に橋梁工学についてちょこっと聞いたことがあるくらいで、橋に特別興味もないのだけれど、まあせっかく近くまで来たので拝んどこ。くらいの軽い気持ちで向かった。なんなら暑くてどうでもいい涼みたいくらいに思っていた。正直なめてた。

 

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ひたすら壮大。見晴らしがいいのにもかかわらず、向こう側が見えない。

 

まず、とにかく景色がいい。そして橋はよく作ったな、と思うくらい長い。建っているのが不思議なくらい。そして人は、過度に大きいものには笑ってしまうことに気がついた。なぜだかわからないほどヒイヒイ言いながら笑ってしまった。

あの上を運転したらさぞ気持ちがいいのだろうと思ったが、せっかくだけれど、渡るのはやめておいた。なんだか少しの心残りがあった方がいい気がしたから。