よかれと思って大惨事

縁と賞味期限

4月下旬だったか、渋谷で凡そ5年振りに後輩に会った。大学生の頃に一緒にバイトをしていた、後輩というよりも友人のような人間だ。ここ5年ほど全く連絡は取っていなかった。連絡を取ったきっかけは、なんだかLINEのタイムラインとかいう不要なところに「横浜に出てきた」というようなことが書いてあり、初めてタイムラインとかいう不要なところが仕事をしたなと思った。なんでも大学院にいって、それから就職をしたような話らしかった。

彼とは仲のいいつもりだったのだけれど、二人で飲みに行くこともなければ、軽く飯を食う以外に時間を共有したことがなかったと思った。いつもはもう一人同僚がいて、それでうまく回っていたのだった。複数で行動するときによくある現象だ。

こうなると随分時間の空いたのもあって、無闇に強張り気持ちに暗い影を落とすのを感じた。話す内容をいくつか用意して、それでつまらなかったらいよいよ帰ってしまおうくらいに考えていた。そうなるといつも僕はつまらない決意を思って、しかし酒が入ると楽しくなってしまってそんな一種乾いた感情のこともしっとり忘れるのだった。

 

当日、彼も、そしてもちろん僕もそうなのだけど、学生の頃に比べて髪が短くなっていて、ギリギリお互いを認識できたくらいに、薄ぼんやりとしか覚えていなかった。少しの年月の寂しさを思った。

後輩が今年就職したことを思いだし、飲んだときに祝辞よりも先に「おい、御社に年上豊満美女はいねーのか」と恫喝したところ、呆れ顔で「そういう人はもう相手がいるし、そもそも年上どうこうとか言ってる場合ですかおい」と逆に言葉の暴力を振るわれた。本当に手加減を知らない。社会人としてあるまじき配慮のなさである。まだアラサーに片足の爪先を突っ込んだだけじゃないか。

半べそで加えて「”許すことは人生の贅沢であり娯楽だ”みたいなことを誰かが言っていたけど、優しさも同義の部分があると思うのだよ」とほぼ酩酊した僕はしち面倒くさく話しかけた。お互い出来上がっているのでよいのだ。

 

この世の中で一番贅沢な娯楽は、誰かを許すことだ。

伊坂幸太郎「魔王」

 

彼はなにか頭の中を探しながら、しかしまっすぐに僕を見据えて「……鈴木さんは優しいですけど、優しいというか、あぁ、自己満ですよね」と見つけた解を言い終えると満足げに日本酒をあおった。「なんだ、久し振りだというのに随分じゃないか」と笑うと、「僕たちはいつもこうだったじゃないですか」と笑い返してきた。なるほど確かに、その節はあるかもしれない。

優しさってのは「相手のために」が押し付けがましくなったら終わりだ。それは優しさではなく偽善だ。したいからするというスタンスでいいんじゃないだろうか。と声に出さずに自分を肯定する。

 

僕が5年も連絡のなかったことをからかうと「切れたと思ってて」とはにかんだ。面白いと思った。僕はここ数年、人間関係には賞味期限があると思っていたのだけれど、なるほどどうして。「縁が切れる」という表現もある。つまり、縁は賞味期限なのではないか?という等式が頭をよぎる。

 

そもそも、出不精で面倒臭がりな僕がわざわざ彼に連絡を取って飲みに誘ったのは、単なる懐かしさや興味本位などではなく。もちろんそれもあるのだけれど。バイトを辞めるときに寄せ書きのようなものをもらって、それがいつまでも頭から離れないからだ。

その寄せ書きには一人一人の嬉しい言葉がたくさん書いてあった。嬉しい言葉だけでなく面白いことも書かれてあって、人のことを、あまつさえ先輩を一言で表して「ヘビ」だの「太鼓持ち」だのと宣ったり、それは親しい人の許される表現で、とにかく僕にとっては思い入れがあった。そして彼の頁は曰く「(前略)関係をこれで終わらせたくないです」と書かれていて、嬉しさと小っ恥ずかしさのない混ぜになったものをいつまでも感じていたのを思い出した。この正直さが僕の胸をいつまでも打っていた。

 

大丈夫、大丈夫。まだ切れてない。君と僕との賞味期限はまだまだ先らしい。と独り言ちして、次の約束をして別れたのだった。

 

方方見聞録・兵庫&鳥取2

前回

da-shinta.hatenablog.com

 

おいおい、どうなっていやがるんだ。まったく、驚いたよ。遠い、鳥取は遠いんだ。君が想像するよりもね。姫路から2時間くらいだったかな。鳥取駅に着いたのは21時頃だったんだけど、周りには思いの外街灯がなかったよ。そんなに大きくない駅構内は、人がいないし、それに併設された土産屋らしき店舗は既にシャッターが降りているから、大きさ以上の広さが感じられたね。おかげで北口と南口、どちらにでも問題なくいけた。都会は人がたくさんいて疲れちゃうから、ちょうどよかった。なんだか田舎を思い出したよ。

そして静かな駅を見渡して僕は思った。これは面白いところに来たな、と。観光地っていうのは人がたくさんいる。東京、京都、大阪なんかは特に。都会ばかり、観光地ばかり行くのだけが旅行じゃない、そうだろ?観光地に行くだけじゃなくてさ、例えばその土地のなんでもないスーパーに入ってみるみたいなさ、そういう「自分は体験しなかった日常生活」を体験する、ってものいいものじゃないか。

それに旅行っていうのは自分探しも兼ねてるからね。アラサーに右半身をピタッと突っ込んだ状態だけど、人間ってそうじゃないか。おっと、その齢になってまだ見つけていないのか、みたいなことは言いっこなしだ。どこから来て、どこへ行くのか。自分は何者なのか。そういうのを一生かけて見つけることじゃないか、人生って。そして旅はその答えを教えてくれるじゃないか。手がかりになってくれるじゃないか。いや、違うな。違ったかも。

 

翌朝、ホテルから出ると少し肌寒くてね、僕はその時クールビズ。とてもじゃないけど、そのままでは耐えられそうになくて。西側というのは暑いものだと思っていたから油断していたよ。薄手のものを買おうと思ったんだけど、近くのビルにもイオンにも残念ながら服を売っているところを見つけられなくて、更に残念なことに貴重な午前を収穫のないまま消費してしまったよ。まったく無駄な過ごし方だったね。観光に来てスーパーに入るなんて、我ながら無意味な時間の使い方だと思う。

 

午後からスナバコーヒーに行って、そこから砂の美術館に行ったよ。この砂の美術館というところは、以前人に教えてもらったんだけど、これがすごくてね。

 

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わかるかな、 これが全部砂でできているんだ。このときはアメリカ編だったみたいでさ、それで自由の女神ってわけさ。そしてそびえる摩天楼。

 

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ハリウッドですね。マリリンモンローがププッピドゥしちゃってますね。

 

ほかにもゴールドラッシュの様子から、ナイアガラの滝やラシュモア公園の岩壁に彫られた4人の大統領の顔なんかもあって、それらの解説を読みながら進むと勉強にもなる素晴らしい場所だったよ。時代背景を考えながら見ていくと、見方が変わってくるっていうかね。

 

 そのあとはすぐ近くの鳥取砂丘に行ったよ。この頃には小雨が降っていた朝と打って変わって、空が晴れ渡っていて非常に気持ちがよかった。

 

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鳥取砂丘。見渡す限り砂、砂そして砂。

 

写真ではスケール感を伝えられないのが非常に残念なんだけど、日本とは思えなかったくらい未知の景色というか。さらさらの砂が、ただひたすらにどこまでも続いていく 。なんだか立っているだけで喉が乾いてくるっていうかさ。

スーツの人はまったくいなくて、みんなサンダル。僕はデキる会社員だからね。もちろんスーツさ。靴の中がジャッリジャリになったよ。地味に精神にキたね。でもそれだけ。残念ながら、そんなに面白いことは起こらなかったよ。

 

 

鳥取をあとにして、兵庫の城崎温泉に。ここは”外湯”というシステムがあって、宿の外にも温泉があるんだけど、たくさんの温泉を楽しめるって優れものでさ。難点は温度が少し高くて長湯できないことかな。

川が流れて、柳が風に揺れている。静かな街にカランコロンと下駄の音。非常に情緒的なんだけどね、僕が宿から出てきたら、なんていうんだろう、たくさんの浴衣の男女がひっついては楽しげなのを見るとね、どうしてかここを滅ぼさなきゃいけないという天の声が聞こえてきそうでね。もし僕が強大な力を持って、以って魔王をやるんだったらまずはこの一帯を滅ぼすだろうね。頭の隅を『こんな気持ちになるなら来なきゃよかったな』『湯上りの浴衣の女の子なんて最高じゃないか』『寂しいも楽しいも気のせいだ』という感情が反復横とびしていたよ。外湯もとても混んでいて、ニンゲンという猿が芋洗い状態でさ。あれには閉口だったね。

まあそんな気持ちで宿に帰ったらさ、少し笑ってしまうようなことがあってね。

 

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どうだろう、この寂しい修学旅行みたいな状況。たまらないだろ?笑ったあと少し泣いたね。

 

まああとは飲み足りない気持ちを抑えて、翌日お土産を漁りながら6時間かけて東京に帰ってきたって話さ。お土産をもらってくれる人たちがいるのが唯一の救いだったかな。来月も研修があるので、今度はどこに行こうかな。温泉は絶対行かない。

 

方方見聞録・兵庫&鳥取1

先週、今週と発狂して虎になってしまうのではないかというくらい忙殺されていた。

というのも、月末締めの仕事に併せ急ぎの仕事がいくつか入って狼狽していたところ、僕専用機として2年目の後輩が入ってきて、要領の悪い僕は教えながら自分のことを進めることが出来ず悪戯に時間だけが過ぎていったためだ。更には月末に1週間ほど兵庫出張が控えていたためにスケジュールが圧迫されおり、資格試験申込みも消印ギリギリで、とにかく仕事アレルギーのために日々アナフィラキシーで命の危機に晒されているこの僕が、土日も出勤するという緊急事態だった。と言いつつも、出張という名目ではあるが未訪問の地に想いを馳せては意識がフワフワ漂っていた。今回もきっとどこぞに行ってみよう。どうせここにいても誰も遊んでくれないのだから……

 

平日は仕事に行く以外は日頃家に籠っている。正確を期すならば、家の中での遊びに忙しい。そして家が落ち着く。だらけられる。いいことだが、少し刺激がないとも少し思う。前回の滋賀もそうだったが、仕事や誰かに引っ張り出されないとなかなか遠出をしない。

 

前回の滋賀回遊の際も同じようなことを感じているらしい。

da-shinta.hatenablog.com

 

今回は兵庫出張を機に、土日を使って兵庫県見聞録を。
先週火曜。昼休みをとる間もなく、午後までバタバタと仕事をして新幹線に乗り込む。いくつか未処理の仕事に少し伸びてしまった後ろ髪を引かれつつ、反面、それらから逃げたい気持ちも勿論あるのだが、如何せん東京から兵庫までは遠い。少し出るのが遅くなると、到着が日付をまたぐくらいの距離だということをなんとなく調べていた。

バタバタしたことと、自分の詳しくない分野の講習に少し不安な出張初日。五月蝿い上司と別れ部屋に着く。翌日の持ち物や時間を改めて確認し、バッグから荷物を取り出す。慣れた場所ならいざ知らず、どうにも出張初日は落ち着かない。

シャワーを浴びようと思う。ホテルの風呂場の排水溝が家の形と酷似していて、少し笑い、妙に安堵する。7階の窓を開けると、昼間と変わって幾分か涼しい風が入ってくる。駅のすぐそばなので、電車の音が聞こえてくる。そういえば実家も、夜になると電車の音が聞こえてくる。すっかり大丈夫だと思った。少し散歩をする。例えば、見覚えのある赤い看板。学生時代によく行ったチェーンの焼鳥屋。不安の正体は恐らく分からないということで、僕とはまったく関係がないという清々しさの裏側みたいなものだったらしい。それでも見渡せば、いくつか共通点があって一瞬でも怯えた自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。知らない街で知らない人たちの生活が営まれていることに、どうしようもなく嬉しくなる。

案外、人はどうでもいいものに助けられているのかもしれないと思う。持ち物も人間関係も、いつもはあんなにこだわって選ぶくせに。とちょっと笑ってしまう。

時間が空いたらどこに行こう。土日は仕事が入っていないので、どこぞに脚を伸ばそうかしら。手持ちのタブレットで観光地を調べつつ、兵庫出身の知人に話を聞くと、特別見るようなものは何もないと返ってきた。まるで僕の地元と同じだなとまた笑ってしまう。

 

 

試験を冷や汗かきながらなんとか終えて、またも面倒臭い考えが芽吹く。今年は福島に行ってみたり、栃木に行ってみたり、京都にも行った。今回、京都は帰りがてら寄れそうなのだが、どうにもまた行こうとは思えなかった。2ヶ月前に行ったのだから妥当といえば妥当か。やはり行こうと思って行かないようなところに行ってみたい。

そう言うと上司は「面倒臭いな!捻くれ者が」と自分も面倒臭い人間であることを自覚した表情で騒ぎ立てていた。ということで思い立って、鳥取行きの特急乗り込む。京都などは「そうだ、京都に行こう」というスナック感覚で行けるところだ。ところがどうだ。「そうだ、鳥取に行こう」とはならない。実に興味深い。

砂丘だ。砂丘を見よう。スーツで。馬鹿と煙はなんとやら。スーツを砂まみれにするのは面白いのではないか。砂丘の砂を革靴の中に入れて持ち帰るのは面白いはずだ。砂丘は丘だ。登れるはずだ。スーツで登丘だ。近くの砂の美術館なるものが面白いと以前に人から聞いたことを思い出した。よし、やはり鳥取だ。砂丘だ。

 

前回比叡山に登ったときの記事。僕は学ばないぞ。絶対に、だ。

da-shinta.hatenablog.com

 

 流石に東京から離れたままでは帰りが面倒になるので、前回同様、土曜の夜に新幹線のほど近いところにあるような、どこぞの温泉にでも行こう。有馬温泉か。有馬っていうところがなんだか有名だった気がする。温泉はもう暑いだろうか。

 

THE OMATSURI SAWAGI

流れ星が見えた。どうやらゴールデンウィークが逝ったらしい。と思ってからすでに1週間経っている。休みというのはいつだってそうだ。どれだけ待ち望んでも彼らの命は短く、いくら大切にしてもすぐに消えてしまう。感覚的にはセミに近いかもしれない。平日という暗くじめじめした土の中で長い間休みを待っているが、休みという清々しい外の世界の命は短い。いや、この例えイマイチだな。そうでもないな。うん、ごめん。なんか違うわ。忘れて。

そもそもゴールデンて。ゴールデンウィークて。黄金週間。学生の夏休みはなんだ?プラチナか?プラチナマンスか?僕にもプラチナマンスをおくれよ。4半期に1回でいいから!白金月を!それともダイアモンドマンスか?あるいは、値段がつけられないラブイヤーとかか!?

 

ゴールデンウィークの締め括りは敬愛するMATSURIスタジオのライブだった。日比谷野外大音楽堂で行われたTHE MATSURI SESSION。野音に行ったのは初めてだった。ゆらゆら帝国野音でやったDVDを見て、なんとも気持ちよさそうなところだと思ってはいたが、実際に行ってみると想像以上だった。例えばフジロックのような草木生い茂る完全自然というわけでもなく、かといってサマソニのように隔離された街中というわけでもなく。木々に囲まれてはいるもののそれよりも高いビルがあり、敢えて言うなら新宿御苑のような都会のオアシスというか、僕にとってそれらは新しい感覚で、居るだけで胸踊るようだった。

 

ライブレポートとしては、全体的に、特にZAZEN BOYZの時間が短く、悪ふざけというかAsobiがなかったので少し物足りなさを感じたものの、それでも最高だったなと思う。特に大トリの向井秀徳アコースティック&エレクトリックのアンコールで、演者全員のkimochiが聴けたのは、自問自答を期待していた僕でも感動のあまり白目を剥きながら膝を震わせるほどで、その効力たるや今だに続いているくらいだ。危うく召されそうになってしまった。会場の人たちも皆白目を剥いて揺れていた。深海生物のようだった。もちろんこれも白目で書いている。そしてYureru。

 

面白かったのは、そのライブ会場で妙齢の人妻美女Cさんに会ったことだった。妙齢と言っても、僕より10ほど上だろうか。顔は整っていて気さくな人で、言動がさっぱりしているというか歯に衣を着せぬといった物言いだ。初め声をかけられた時はどこぞのねずみ講デート商法の類だろうと眉間にマリアナ海溝ほどもあろうかという深い皺を作り、口は真一文字に結んで天岩戸宜しく殻に閉じ籠りを貫いていたのだったが、話をしていくにつれ警戒心ギリギリのところまで懐柔されてしまった。僕はひどい童貞気質でちょろいので。もう好きになっちゃったんですよね。美女に少し優しくされるともうダメんなんですわ。

 

印象的だったのが「イケメンだけど…マイワールドがすごそう」と言われたこと。会って1時間足らずで、よくもまぁそこまでわかるものだなと。友人も笑ってた。外見はさ、すぐわかるじゃないですか。「アッ!イケメンだ!」って。「こりゃあとんでもない逸材がきたぞ!!」って。

でも精神面を家宅捜索されるとは思わなかった。思わなかったけど、気持ちよかったんですよ。人は自分の認識と違った決めつけや断定をされると、加えてその人が嫌いであればあるほど言い方次第でかなり反発するというか否定すると思うんだけど、僕は簡単に籠絡されてしまったのでただ笑ってしまった。そしてそれが好印象として残っているのも面白い。お互いその場限りの人間関係と思っていたからという部分もあるだろうけど。多分好きになっちゃったんだろうな、あと5年早く出会っていたらなあとも思ったし。

人格というのは人との交流のなかで決まっていくのだろう。

 

美女関連で、ガッキーの話。

headlines.yahoo.co.jp

要約するとガッキーの優しさが飴で炸裂して女神に後光がって話なんですが、もうどうしようもないくらい美女なのにとんでもなく優しいなんて、好きになってしまうじゃないですか。ベッドで朝まで恋ダンスしたくなっちゃうじゃないですか。恋が愛に変わっちゃうじゃないですか。金曜夜にソファに座っている僕に抱きついてきて、「ねーねー、明日休みでしょ?私も休みなんだよ。何するー?」って聞いて欲しいじゃないですか。

欲しいじゃないですかッッ!!

 

すみません取り乱しました。 

休みの間、ほとんど誰かと時間を共にしていたので、少し寂しいのか、それとも9連休の反動で少々疲れているのか。

癒されたい、愛されたい、休みたい。ガッキーと。

仕事、行きたくない。

 

親子二代のマドロスなのに

ゴールデンウィークである。『ゴールデン』の名を冠するにふさわしい連休だ。GWに入る前、上司が仕事をしているのを横目に、僕はせっせとスケジュールに『有給所得奨励日』と打ち込んでいた。またあるときは、連休を決め込もうという僕のことを、上司がスライムのごとく仲間になりたそうにこちらを見ていることを感じつつ、有給取得に関する書類を上司に提出し、結果僕はそのウルツァイト窒化ホウ素にも引けを取らない硬い意思のお陰でゆったりと自堕落に休んでいる。

驚くなかれ、9連休である。私は少し驚いている。というのも、去年の今頃は土曜も日曜も祝日もなく駆り出され、挙句の果てに代休は消化できずに消えてしまったほどだったから、あるいは今年も休めないのではないかと半ば諦めていた。

諦めていたと入っても、勿論『不用意に仕事を入れたらてめぇの顔面の骨格を珍しいかたちに変えてやるからな』という気概は捨てていなかった。そのギラギラとした気迫の賜物でかくも長い休みを得られたのだろうか。仮にそうだとするならば、この気迫は捨てずに一生持ち続けたいところである。

 

さて、人間関係がない私だ。友人とライブ(THE  MATSURI  SESSION)以外に関西から後輩が遊びに来る他は予定がない。予定のない半数を読書やアニメや音楽、あるいはお駄文に費やしても楽しいとは思ったが、私は短い時間ではあるが帰省をした。始めは(金もないし、何より往復で相当の時間がかかるから、帰省はやめてのんびりしていようかな…)とも思っていたのだが、家族全員が高齢で、(あの人たち、ちょっと顔を見せないとうっかり死んじゃったりするかもしれない)という不安が襲ってきたので、家族という素晴らしい人間関係の有無を確認するために新幹線に乗り込んだ。

 

結論から言うと、家族は皆、アラサーを目前にした私よりも元気であり、体力がないとか食が細いだのと言われるくらいだった。加えて「性格が悪い」だの「一言も二言も多いから彼女ができない」だの、「ひどく面倒臭い」と老人性元気で罵倒されるばかりだった。

しかし私にも反論がある。面倒臭さの半分以上は父譲りである、と。

 

帰省初日のことだ。家族で焼肉を楽しんでいるときの父との会話。なんの流れか私は「酒を飲んで書いて暮らせればそれ以上のことはないのではないか」という旨の発言をした。父は「かつて李白杜甫がそうだったな」と返してきた。その通りだ。酔っ払っているくせによく出てくるものだと感心した。こういう手合いは相手にかぶせることで喜ばれることを知っている。「日本で言うところの種田山頭火や尾崎放哉もそうだ」というと、父は感心したように唸った。嬉しそうだった。理屈と屁理屈が好きな人なのだ。この私でも手に負えないと思うほど面倒な人なのだ。

 

前に帰省した際に、駅まで送ってもらったときは更に面倒だった。寝ぼけ眼の私は、車窓から外を眺め、「冬だというのに暖かいものだ」とつぶやいた。眠気と、実家から駅へ向かう道中の、多少の感傷にまどろんでいる。

「温暖化だな。原子力発電は大量の冷却水を海水で補っているけど、熱くなった海水はそのまま海へ放出している。暑くならないわけがない。そもそも温暖化の原因としてー 」云々。

私は(始まってしまった…)と狭い車内で一人閉口した。困ったことになったと思った。こうなるとこの人は止まらない。否定するに足る理屈も同調する意思もなく、早く終われといううめき声にも似た単調な相槌でやり過ごした。楽しいのだろうとは僕でもわかるが、付き合ってやるほど元気でもなかった。

 

面倒であると散々言ったが、あの人は遊ぶ選択肢が多い。オセロにチェス、将棋に釣り、ゴルフに至るまでは休みに連れられて学んだものだ。教えている最中にはまた理屈っぽく、「魚の居場所は岩陰やー」「左にスライスするのは身体の回転軸がー」「桂の高飛び歩の餌食だぞ」などと面倒臭く教えてくれた。しかしこれらは楽しかった。さすがにルアーを自作したりなどはしなかったが。

本を読むようにしてくれたのも父だ。月に1、2冊本を買ってくれた。シェイクスピアを教えてくれたのも父で、これらには感謝している。

 

書いているうちに、やはり似ているというか、似たくないというか、似るのも悪くないというか、そんな面倒臭い感じになってきた。あの人の子供なのならば、僕も面倒臭くなって当然なのだろう。母には悪いが、こんな反論をさせてもらおう。

 

ああ、腰が痛い。

確かこの腰痛も父譲りだった。 困ったものだ。

 

ゴロワースの香り、あるいは氷の溶ける音

お洒落な文章を書いてみろ。

正面に座っていた同期は、ビールで顔を真っ赤にしながら俺にそう言った。

自分でもわかるような引きつり笑いをして、小さく頷いた。ぬるくなったビールをあおった。

──土台無理な話だ。

なぜなら俺は自分が洒落ていないことを知っている。

それに、だ。

こういう一人称とか、無駄な改行、語尾で誤魔化そうとしている。仕方ないことだ。これが俺にできる、注文に対して唯一できる回答だからだ。

 

ということで、お洒落な文章とは何か。ここ2,3日立ったり座ったり、散歩に出かけたら雨に降られたり。洗濯物が干す前より濡れていたり。そういうことをしながら考えたことを備忘録がてら書いていきたい。

そもそも僕は考えすぎる傾向にある。馬鹿みたいに一人でしょーもないことをぐるぐる考え、挙句にまったく関係のないところにきていることが多い。

始末におえないのが、「んで、最終的になんなんだっけ?」となるところである。まるで認知症老人ではないか。

こんな人間が果たして”お洒落な文章”など書けるだろうか。うっすぃうっすぃ表面を撫でたか撫でないかくらいの雰囲気も出ていないものになること請け合いではないか。

 

そうは言っても、せっかくなので。

まずはお洒落な音楽でもかけながら読んでほしい。例えば、ウィスパーボイスなボーカル。ワウとキレのいいカッティングを多用するギター。主張しない重厚なベース。軽快なタム回しのドラム。そういういう音楽を聴きながらだと、何となく雰囲気が出てくるのではないか。間違っても合唱はやめてほしい。しかも合唱コンクールのは特に。青春とお洒落は噛み合わないことが多いから。

 

材料は「酒と煙草と男と女」だ。それでは見てみよう。

お洒落な文章には酒だ。洋酒がよいだろう。バーボンやスコッチ辺りの蒸留酒が好ましい。ワインは知識が必要な上に少し鼻に付く人がいるかもしれない。バーボンについては、必ずロックだ。いや、ストレートでもいい。水割りはだめだ。無闇にアルコール度数を下げてはいけない。ロックの氷が溶けて水割りみたいになったのは、よしだ。時間の経過を示す指針にもなる。

次に煙草だ。ここもわかばやエコーなど、旧3級品は違う。ゴールデンバッドはありだが。これは俺の好みだ。芥川や太宰が吸っていたからありなのだ。ポール・モールやゴロワーズなんかがいいかもしれない。なんか名前とかパッケージがオシャレっぽい。名前も。雰囲気だ。

そして男だ。これは重要だ。物語の主幹となりうる。前者の酒と煙草をどっちもやる。そして酒は強くなければならない。アルコールを一口含んでほろ酔いになるやつに物語をお洒落に進められるか懐疑的だからだ。声も低く、長身、ほどよい痩身か。一言で表すならスタイリッシュ。少し悲しそうに笑うのはどうだろうか。それとも笑わない方がいいのか?ここら辺は適宜だろう。

最後に女だ。ここも前の男と同様、主幹になりうる。高い声でキィキィ叫ぶような輩は違うだろう。矢鱈滅法グラマラスである必要はないが、ある程度の伸長は必要だろう。できればヒールの似合う綺麗な脚がいい。加えて、含みのある物言いが影を作る感じだ。断定しない口調だろうか。

 

ここまで考えた。これは果たしてお洒落か?どこかから借りてきた衣装を似合わないまま、おだてられるまま着ているような気もしないでもないが。その疑問を抱いた上でこの前見た嫌な夢の話を書こうかと思ったが、どうしても書いている自分が恥ずかしく笑けてくるので、男をハゲ散らかしてみたり芋の水割りを小汚い食堂でくだを巻かせたり、女は女で大声で笑ったりフガフガ言わせながら汚い言葉遣いをさせてしまうので断念した。お洒落さに逆と思われる要素を組み合わせると面白いのではないかという気持ちが湧き起こってきてどうしても雰囲気を維持できる自信がなかった。

 

材料があっても、オシャレに盛り付けることができない。もしそんなことをすすめられても、書いているうちに俺の膝が笑って涙が止まらなくなってしまう。書いてみたいと思う反面、それをする自分に疑問を持ってしまう。

どこかで文体練習として書いてみたいとも思う。どうか笑わずに御笑覧いただけたら。

ポカリスエットを想いながらイオンウォーターに抱かれる

急性胃腸炎から、かれこれ2ヶ月が経とうとしている。光陰矢の如しとはよく言ったものだ。全くもって時が流れるのは早い。以前母上に、急性胃腸炎になったが、なんとか無事に治った旨をお話しした際、以前に母上も患ったようで、その時には入院点滴ものだったそうだ。牡蠣など食べていないならストレスだろうから、まぁあまり溜め込まないようにという助言をいただいた。無茶を言うなよ。

加えて曰く「急性胃腸炎は1度なったらなりやすくなるから気をつけて」とのことだった。またあの痛みを体験するのか、竜よろしく白目を剥きながらケツから血を吹くのかと思うと背筋が凍った。ホワイトアイズ・レッドドラゴンはもうごめんだ。既にストレスで胃が痛くなる思いだった。

 

病床に臥す間になくなったポカリスエットの買い置きを台所下において、おかゆを備蓄した。そして思い出すに、あの頃の私は食べるのも辛く、ポカリスエットに頼りきりだった。ポカリスエット依存だった。ポカリスエットに抱かれたと言っても過言ではなかった。

こういう時、女子力の高い僕は一瞬で美女になってしまうから、「イオンウォーターに抱かれながらポカリスエットの夢を見ている」と錯覚してしまう。

 

馬鹿な話だ。

 

なんでも、水よりも体に吸収がいいポカリスエットは病気のときに、アクエリアスはスポーツ時に飲むのがいいらしい。それを知っていたし、味もポカリスエットの、ちょっとした甘ったるさが好みで、アクエリアスとの最後の思い出は中学時代の部活の休憩の合間が最後だったんじゃないかと思う。あとは母上がアクエリアスを「アクエリ」ではなく「アック」と省略することに違和感をずっと持ち続けていることくらいだった。

「アック」は異質な、違和感ある呼び方のまま、私の記憶の片隅にどっかり居座り続けた。マクドナルドを「マック」と呼ぶことに違和感を持つ関西人のそれと同じような心境なのではないだろうか。私も「マック」と呼ぶ人間なので、ここいら辺はすんなり受け入れたいところなのだが、どうにもそういかないのが人情である。

アクエリアスは「君はとっても乾くから」と言ってきた。「君の乾きのチカラになりたい」と。それでも無味乾燥な私の心は動かなかった。

 

逆にポカリはずっと私と一緒だった。風邪のとき、つまり私が弱っているときには必ず傍にいてくれた。優しく微笑んで、「大丈夫?僕が傍にいるからね」とポカリは耳元で小さくささやいてくれた。「僕は水よりも君に近いんだよ…」弱って視点が定まらない私は「あなたって、やっぱり甘いのね……」とポカリの手を握り返しながら弱く微笑んだ。それは、いつも一緒でいつでも駆けつけてくれる水よりも確かな温もりがあった。

母もポカリは「ポカリ」と言っていた。「ポカリ君、あなたにはもったいないくらいいい人ね」と。

 

そんなポカリにはイオンウォーターという弟がいた。兄よりも色素が薄く、いささか現代っ子らしいクールな印象だった。ポカリの優しさに惹かれながら、マンネリな、いつも優しすぎるポカリの姿に違和感を覚えていた自分の心に気付き、私は愕然とした。

それでもポカリは何よりも私に近かった。いつも優しかった。私は打ち明けるべきか悩んだ。優しさを裏切るまいという気持ちとは裏腹に、次第にイオンウォーターのとこが気になり始めていた。周りは口々に「あんなやつやめときなよ!」「絶対ポカリの方がいいに決まってるんだから!」と私を諌めた。それは私にもわかっていた。でも、一度気づいてしまった恋心は速度を増し、もう自分では止めることができなかった。ポカリも私の心を知ってか知らずか、少し私に遠慮するようになった。いつも何よりも近かったポカリのことだから、薄々気づいてしまったのだろう。それで身を引いてしまうポカリが許せなくて、私は反発するかのようにイオンウォーターのところへ走っていた。

 

ある夜、ベッドの上で私の手はイオンウォーターと繋がれていた。今時の低体温な手だと思った。ポカリと違って素っ気ない。ベタベタとした甘えがない。それが物足りなくも、新鮮だった。「イオンをINしてONになろうよ…」と、イオンウォーターは迫ってきた。「俺は兄さんみたいに甘やかしたりしないよ…」と言いながら私にキスをした。少し怖いと思った。実際、蓋を開けてみるとただの味気ない子供だった。イオンウォーターの底にはポカリの面影があったものの、空虚ささえ感じてしまった。その瞬間、私の脳裏をよぎったのは、優しいポカリの笑顔だった。間違いない。私の運命の人はこの人ではなかったと確信した!

 

イオンウォーターの手を振りほどいて、私はポカリの元に駆け出した。私はポカリの胸に飛び込んで泣いて謝った!ポカリは何も言わずに優しく私を抱きしめてくれた。「やっぱりあなたって甘いのね…」と涙をぬぐいながら小さく微笑んだ。

それから、私はポカリと同棲することにした。私の家には、いつも優しく微笑むポカリがいて、それだけで十分だと思った。ポカリは水より私に近い水で、私の約70%を満たしてくれた。

 

 

私とポカリの恋愛は以上です。

実際は26歳の男です。

白昼夢を見たというあなた。その感性は非常に正しいと思います。僕もまったく同じ感想です。そしてこれを書きながらポカリではなく、日本酒を飲んでいます。僕の中の『アタシ』は、割合誰にでも抱かれるようです。

 

元ネタは敬愛する上田啓太さんの真顔日記。『セブンイレブンを想いながらファミリーマートに抱かれる』です。

diary.uedakeita.net