よかれと思って大惨事

感情と思考の供養

でんせつの女医があらわれた

年が明けてたと思ったら、バレンタインデーである。なんだかチョコをあげたりもらったりの奇習だと聞いている。僕のような全裸ねじりハチマキおじさんには関係のないことだとも聞いているが、おそらく友人夫婦らは形式上であれ、茶色くて甘い固形物をあげたりもらったりしていることと思う。まあ糖尿にでもなればいい。虫歯にでもなるといい。

しかし、先日そんな友人からアラサー未婚の男性こと僕に朗報が入った。友人曰く「知り合いの知り合いの『女医』が、誰かいい人がいないかと言っている」とのことだ。いや、朗報どころではない。これだけでお赤飯を炊ける。8合くらい炊き上がる。躰が赤くなるくらい赤飯が食べられる。友人にはぜひとも健やかに長生きしてもらいたい。ちなみに僕は赤飯が苦手だ。なぜならもっちゃもちゃしているから。

まずこの情報のいいのが、中小企業のサラリーマンという中流一般男性が『女医』という、云わばでんせつ、婚活界におけるミュウツーとお近付きになれるかもしれないという点である。そんな可能性だけで素晴らしいではないか。

 

女医である。世の中の男性諸兄らは、『短いスカートの女医に目の前で脚を組み替えてもらいたい』生き物なのだ。例外などいない。俺は違うなどとのたまう下賎の輩は異常性癖者とみて間違いない。脚を組み替えられたくて悪いところもないのに病院に行く人間だっているはずだ。多分その人たちは頭が悪い。しかし、頭の悪さは時に実直さと直結するのだ。僕は女医に脚どころか遺伝子すら組み換えてほしいのだ。

 

そもそも女医とは戦闘力してみれば53万はくだらないし、スーパーボールごときでは捕まえられない。でんせつなのだから。男女というのは戦闘力が同じもの同士がくっつくのであり、女医は男性医師や弁護士、あるいはパイロットと結婚するものだ。女子アナが野球選手と結婚するが如く!キャビンアテンダントパイロットと、アーティストがアーティストと結婚するが如く!僕のような中流階級恋キングコイキングなど足元にも及ばないのだ。

 

僕はしがない、しがどころか一向にやる気のないサラリーマンである。やる気などからっきしない。会社での成績はいいがよくサボる。人生でほぼ誇れる努力をした記憶がない。そんなサラリーマンと女医とはわかりやすい格差である。その高低差はちょっとしたスカイダイビング。しかし僕は、いや、人は心にバンドマンを飼っている。そうするとどうなるか。つまり、女医に会わねばなるまい。そう…ヒモになるために!