よかれと思って大惨事

感情と思考の供養

ある同級生への献文・下

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続き

 

僕と先生は、それから頻繁に連絡を取り合った。先生はKの不埒さを薄々勘付いていたらしく、僕の腹案に協力してくれた。僕の無闇に高い自尊心はひどく傷ついていて、Kを貶める案が次々と浮かんだ。必ず、Kに地獄を見せねば気が収まらなかった。

しかし機会は容易に訪れず、次第に先生は痺れを切らした。Kから先生のところへ連絡があると、僕に内容を教えてくれた。先生はKがあまりに平気な顔なので腹が立つのか、Kに一連のことをバラしてもいいか。と何度も聞いてきた。それではあまりに面白みがないからと、その度に諌めた。

 

好機が訪れるまでに二ヶ月を要した。地方に住む先生が、学生時代の友人の結婚式のため、Kの住む地方都市に行くことが決まったのだった。僕は歓喜した。先生は結婚式の翌日、Kと会う約束を取り付けた。もちろん僕の案であり、そして僕は何も知らない体だった。Kは先生にもすり寄っていたのだから、話は造作もなく進んだ。僕もその日に合わせて新幹線に飛び乗った。夜、Kは僕にとてもいい結婚式だったと連絡してきた。厚顔無恥もここまで来るとエンターテイメントとして消費できる。

開戦前夜、僕は結婚式を終えた先生と会った。心なしか楽しそうにしていた。僕は先生を巻き込んだことへの後ろめたさで、酔うまでの間、先生の顔色を伺っていた。先生の表情と変わらぬ親交に安心し、深く感謝した。そしてこの良き友人を傷付けた自らの勝手を深く恥じた。

 

蝉が鳴いている暑い日だった。僕は先生の運転する車で、Kの家へ向かった。先生だけ先にKの家に入り、僕は物陰に隠れて本を読んで時間を潰した。汗がとめどなく流れた。しばらくして先生はKの家から出てきて、Kの目の前で僕に声をかけた。いるはずもない僕を目にし、かつての彼氏と密会していたKは表情を変えないように意識しながらも、瞳孔が開き明らかに狼狽していた。ああ、あの顔といったら!

僕は先生と交代でKの家に上がった。暑いのに冷房も付けず、窓を開けただけの部屋に舌打ちしたいくらいだった。汗は止まることを知らず、僕はとにかく涼みたかった。開口、Kを裏アカウントの名前で呼んだ。それで総てわかるはずだった。Kは無言を貫いた。

僕は知っている。君の不道徳を。先生も知っているのだぞ、と目をまっすぐに見て言った。最低の行為だ、とも。Kの顔を見ると、不意に寂寥を感じ、僕は閉口した。Kは泣かなかった。弁解もなかった。蝉の声だけがやかましく聞こえ続けた。少しくらい慌てふためき、みっともないくらいに取り乱してくれれば僕の気も少しは晴れたかもしれないが、Kはただ静かに座っていて、なんとなく本性を見た気になった。それでも僕は勝ったと思った。少しだけ、自尊心がいびつに満たされた。

喚かないKは予想はしていたがあまりにつまらない幕引きだったので、じゃあとだけ言って家を出た。肩透かしをくらった気分だった。帰りしな、Kから先生と僕に泣きながら謝罪の電話がかかってきた。目の前ではまったく泣かなかったくせに、興醒めだった。

風の噂で、Kは半年後に結婚したと聞いた。僕は恐ろしくなった。僕は遊ばれていて、もしかしたら嫌悪する権利もなかったのかもしれない。真相は行方知れず。

 

これが全貌だ。少しは役に立つだろうか。復讐は面白かったが、終わってみるとなんでもないものだと思う。それよりも、その時に痛ましい顔をして僕を見ていた友人たちの気持ちが、最近少し分かってきた。あれは本人は麻痺しているが、攻撃的になることで精神のバランスを保っているのだろう。悲しむでもないその有り様が、周りとしては辛い気持ちになるものらしい。あのとき救ってくれた友人らの優しさにはきっと報いたいと思う。

 

人は常に自らの不道徳に復習される。昨日怠った家事が今日の自分に降りかかるのと同様に。自分の不道徳というのは、いつか相手にされるかもしれないという証左に他ならない。不道徳は人生の影法師。今度は自分が『されるかもしれない』という恐怖に襲われ続けるのなら、それはどれだけ辛いことだろうか。不義理をした人間の結婚生活というのは、いったいどういうものなのだろうか。

そして幸か不幸か、人は過去の出来事に対して、同じ熱量で同じ感情を抱き続けることができないらしい。これを読んでくれた幾人かが心配してくれたが、僕自身忘れやすいことも相まって、当時の感情はほとんどないと言っていい。あやふやな記憶に頼った事実と形骸化した感情の跡があるだけだ。

身をやつして恨んだこともあったが、今になってみれば些末な、ちょっとした笑い話だ。いつか街角でばったりでも会ったら、僕はKと答え合わせをしてみたいとすら思っている。君も、復讐劇をやってのけたのなら、酒でも飲みに行こうじゃないか。その時に詳しく聞かせて欲しい。