よかれと思って大惨事

感情と思考の供養

センチメンタル状態におけるフラッシュバック現象

 2週間ほど前の水曜日ことだったか。仕事ばかりで身体も鈍ってきたことだし少し走ろうかとバッティングセンターから帰ってきて筋トレをしながら思い、筋肉の悲鳴を聞きながらワイヤレスのイヤホンを耳にはめ、ランニングシューズを履いた。トボトボ走りながらiPodをランダム再生にすると、Steely Danスーパーカーが続いた。そのまま10分ほど軽く外を流してから家へ戻ると、中学の頃の友人Kから連絡が来ていた。Kは北関東に住んでおり、年に2度ほど会う。そのうち1回はフジロックというのが定番だ。

Kからの連絡を要約すると、週末泊めて欲しいとのことだった。なんでも女と会うのだが、諸事情で都内の実家に帰れないので、どうせ会う人も予定もなく、ただ置物のように部屋で横たわっているくらいしかしないんだろう僕に白羽の矢が立った。とのことだった。

我が袋小路のような家はその前の週は東北の友人Dを泊めており、人との生活のリズムというかパターンがなんとなくできていた。反面、部屋の狭さも相まって共同生活から少し解放され一人全裸で置物のように横たわり土日を過ごそうかと思っていた頃だった。しかしこういう機会でもなければ人に会う予定など滅多にないので、まあ週末だけだし昼間もいないだろうからと快諾した。所詮1泊なのだし。ところが土曜の夜に来ると思っていたKは金曜の夜にやってきて、そのまま火曜まで結局4泊しやがった。

ーー例えば、だ。想像してほしい。袋小路で顔の濃い野郎2人の男臭い共同生活を。まさにそれだ。想像できなかった人は阿部寛北村一輝が袋小路のような一室で共同生活をしていると思っていただきたい。予想外にドラマになりそうなので、できればこっちで想像し直してほしい。

 

中学の部活の友人であるKは、飲んでいるときに部活の結婚した人たちの名前を挙げて「みんなあの頃からどんどん変わっていくが、お前は変わらないな」と言った。言外にはどうやら性格的なものにも言及しているみたいだった。それについては僕にも自信がある。「俺は変わらんよ。変わらん。そうそう変わってたまるか」と酔いも手伝って吐き捨てるようにわめき散らした。「そうだ、その意気だ。変わらない安心感がある」「みんなが変わりすぎなだけだろう。信念がないのだ、信念が」とまたもわめき散らした。本当は怠惰から、もしくは頭が固いから変わらないだけなのだが、それでは格好がつかないのでビールで言葉を飲み込む。

 

夜になると袋小路に帰ってくるKとは飲みに行く以外には特になにをするでもなく、4日間が過ぎていった。ここいら辺で、自分の人と時間を共有する能力が低いことに自己嫌悪し始める。友人Dくらいしか遊ぶ相手がいないから当然か。

5日目の火曜日、僕が仕事に行っている間にそいつはいなくなっていた。仕事を終え帰宅すると部屋は暗かった。思っていたより部屋は広く感じられなかった。

 

家に早く帰れた日に、またイヤホンをさして外を走ろうとした。どこかで聞いたAC/DCを聴こうとiPodをスクロールすると、そういえば随分前から入れてなかったなと思い出した。結局くるりを流しながら走った帰り、汗だくのままコンビニに寄って2,000円分の食料を買い溜めした。

 

コンビニからの帰り道、暗い道に差し掛かる。不意に中学時代の部活からの帰り道がフラッシュバックする。 

昔は激しめの音楽を聴き、コンビニにはほとんど入らず、スーパーで何をするでもなく友人たちと時間を潰していた。そういえば、昔から遅刻しないことがなかった僕が、いつからか人を待つ時間が増えた。

なあ、僕は本当に変わっていないのか?僕はそのままなのか?ぐるぐるとそんなことを考えながら野菜ジュースにストローをさした。