よかれと思って大惨事

感情と思考の供養

春往来

葉桜になって久しい。桜が散ると、もう春なのかよく分からなくなる。暑い日が続いたかと思ったら、急に寒くなったりして、なるほどどうにもこれが春という感じがしている。

息を切らしながら会社に滑り込む。ややあって、今まで何度聞いたか始業を告げる本鈴に溜め息を吐き散らす。遠慮はしない。

業務に早々に煮詰まると椅子の上にあぐらをかいたり、お菓子を頬張ってはパソコンに向かってむやみに唸る。そんないつもの光景に、上司から後輩に至るまで注意する気がまったくない。そもそも、何度注意されたって変わる気もなければ、シャカイジンとしてのジカクなど初心とともに捨ててしまった。

上司が見慣れぬ顔を連れてくると、その黒いリクルートスーツで新入社員だとわかった。短い研修を終えた新入社員がきたらしい。目は泳ぎ、恥ずかしさからか顔がいささか赤くなっている。動きも固くぎこちない。考えてきたであろう自己紹介も声が震えている。どこに行くにも手と足が一緒に動きそうで初々しさがある。それを見て少し我が身を省み、さすがの僕もあぐらをやめる。第一印象を悪くないものにしたいという打算ももちろんあった。しかしそんな考えも束の間、会議から戻ってきて自席に戻ると、僕は既に椅子の上に正座していた。正座は正しいと書くのだから大丈夫だろうと思いながら、数年前を思い出す。

微かにだが、どうやら僕にもそんな時期があったはずだった。

 

9年間大学生をやった友人はようやっと就職し、今は海上に出ている。なにかの調査をしているらしい。海上にずっといるなんて、嫌気が差しそうだが、少し羨ましい気もする。またある人は研修と同期に悲鳴をあげているようだ。あるいは、5年目にして仕事を辞めたいと呟いている人間もいるし、引っ越しの関係で会社を辞し無職を満喫しようとしている人もいる。

 

僕自身、未だに"会社を辞める年齢"までは上手いことのらくらしていこうと思っているが、昔ほど転職に気合いを入れなくなった。業界ごと変えたいのだが、今更。という薄暗い靄が、しっかりと僕を縛っているためだ。この拘束は年々強くなっている。ところが、(青臭いことこの上ないのを承知で)このまま何十年もここで働いて朽ちていくのかと思うとそれはそれで不安とも言い難い感覚に襲われる。

ああ、これは新入社員を見ているためだ。彼らの今後を考えることは、すなわち自分を省み、今後を考えることに繋がっていたのだ。

春は思考が行ったり来たりする。