よかれと思って大惨事

感情と思考の供養

今日一日

人に言われてはたと気付く。正確には思い出す。そういえば今日は誕生日だった。

 

およそ半年ぶりに休日出勤をする。あまりに久し振りで、仕事があることを忘れてしまう。朝、辛うじて思い出して、けたたましく鳴る目覚ましを止める。合間を縫って振動する携帯を乱暴に放り投げる。あと5分だけ。と思って目を閉じると、また目覚ましが規則的な電子音を出し始める。諦めてカーテンを開ける。曇っていてよかった。このまま降らずに、太陽も出なければいいなと思う。躰を転がして自堕落に顔を洗いに行く。

 

誰もいない会社は朝と思えないほど暗かった。誰かが先に出勤していたらしく、面倒なセキュリティを解除しなくて済んだ。着替えて小走りで車に乗り込む。高速で乱暴に割り込んできた車にブレーキを踏む。

そのまま海岸線を横目に車を走らせる。少し太陽が出てきたらしく、水面が乱反射している。この景色はいいなと思う。時間がギリギリだったことを思い出す。

 

担当者たちは既に仕事を始めていた。申し訳なさを堂々とした態度で隠す。今日はいるだけでいい日だから、何食わぬ顔で挨拶をする。二人は大丈夫だと笑って手を動かしている。急に悪いことをしたなと少しだけ後悔する。

何人かから、誕生日おめでとう。という連絡がきていた。昨日誕生日を祝ってくれた人がいて、その時に思い出した自分の誕生日を、また忘れていたことに気付く。僕よりみんなの方が、僕の誕生日を認識してくれていたことが無性に嬉しくなる。一緒に仕事をしていた人たちに、昼食をご馳走になる。うどんと天丼を食べた。二人とも美味しいと言っていて、僕もそうですね。と笑った。本当は味がよく分からなかったけど、なんだか楽しいなと思った。

 

空いた時間を昼寝に使おうかと思ったのだけれど、なんだか寝付けなかった。なのに気付いたら昼休みが終わっていた。ぼんやりしていたら、二人はせかせかと仕事を始めていた。また少し申し訳なくなった。誰かに「楽な仕事だな」と言われる気がした。仕事は14時過ぎに終わった。コーヒーでも飲みながら帰ろうかと思ったが、家にゼリーがあったことを思い出し、後回しにして車に乗り込んだ。随分陽が出ていて、多分さっきより水面が眩しいんだろうなと思いながら、最近手に入れたアルバムをかけて鼻歌を歌った。歌詞は何を言っているのかよく聞き取れなかった。

 

車を置いて、会社に戻らずに家に帰った。池袋駅は混んでいた。何か買い物でもしようかと思ったが、人ごみにうんざりして、下り電車に乗り込んだ。たくさん並んでいたのに、運よく座れた。持っていた本が、あと4ページのところで最寄りに着いた。さっきの聞き取れない音楽の音量を上げて、日陰を足早に進んだ。また誕生日おめでとうと連絡が来ていて嬉しくなった。そのままコーヒーを入れて、ゼリーを出して洗濯をした。時間が遅いから乾かないかな。だったら嫌だな。さっきみたいに陽が出ればいいのにと思ったら、どんどん涼しくなってきた。

 

コーヒーを飲みながら、誰か家に来てくれたらどうしよう。なにくわぬ顔できるかなと、無意味とわかっている妄想をした。今日は家に籠ろうと思ったけど、別段いつものことだった。いつものことだけど、家に居ていい理由ができた気がした。特別なにも起こらなかった。祝いの言葉をくれた人たちに感謝をする日だなとしみじみ思った。

 

お腹が痒くて、掻いたら急に年を取ったようで、一人でよかったと周りを見渡して可笑しくなる。お腹にニキビのような虫刺されがあってまた笑う。アラサーになって、急に腹周りが心配にになって筋トレをした。そしたら腹が減ったので、カレー屋に行こうと着替えをした。外に出るから誰も来てくれるなよと無意味に祈った。自転車に乗ったら少しは地図が早回しになるんじゃないかと思ったが、いつもの景色は相変わらずだった。信号がちょうど青になった。

 

昨日の夜に調子に乗って飲んだ酒が、躰に残っている感じがした。ちょっと奮発してたくさんトッピングしたのに、別段高くならなかった。なんだか自分の器が小さい気がした。カウンターの「キリン一番搾り 350円」が気になったけど、なんだか飲む気になれなかった。多分こういう日に飲んだらうまいだろうなと思ったけど、いつもの味だったら、少し落ち込む気がした。

昔聞いた曲が、違う印象で不思議な染み方をしてくる。今週は水曜が暑いみたいなので、代休を取りたいなと考えていたら、そろそろ今日が終わる時間になってきた。早く寝たらこの気分を持ち越せないだろうか。それとも起きていた方がいいんだろうか。いくつになってもよく分からない。