よかれと思って大惨事

よかれと思って大惨事

感情と思考の供養

THE OMATSURI SAWAGI

流れ星が見えた。どうやらゴールデンウィークが逝ったらしい。と思ってからすでに1週間経っている。休みというのはいつだってそうだ。どれだけ待ち望んでも彼らの命は短く、いくら大切にしてもすぐに消えてしまう。感覚的にはセミに近いかもしれない。平日という暗くじめじめした土の中で長い間休みを待っているが、休みという清々しい外の世界の命は短い。いや、この例えイマイチだな。そうでもないな。うん、ごめん。なんか違うわ。忘れて。

そもそもゴールデンて。ゴールデンウィークて。黄金週間。学生の夏休みはなんだ?プラチナか?プラチナマンスか?僕にもプラチナマンスをおくれよ。4半期に1回でいいから!白金月を!それともダイアモンドマンスか?あるいは、値段がつけられないラブイヤーとかか!?

 

ゴールデンウィークの締め括りは敬愛するMATSURIスタジオのライブだった。日比谷野外大音楽堂で行われたTHE MATSURI SESSION。野音に行ったのは初めてだった。ゆらゆら帝国野音でやったDVDを見て、なんとも気持ちよさそうなところだと思ってはいたが、実際に行ってみると想像以上だった。例えばフジロックのような草木生い茂る完全自然というわけでもなく、かといってサマソニのように隔離された街中というわけでもなく。木々に囲まれてはいるもののそれよりも高いビルがあり、敢えて言うなら新宿御苑のような都会のオアシスというか、僕にとってそれらは新しい感覚で、居るだけで胸踊るようだった。

 

ライブレポートとしては、全体的に、特にZAZEN BOYZの時間が短く、悪ふざけというかAsobiがなかったので少し物足りなさを感じたものの、それでも最高だったなと思う。特に大トリの向井秀徳アコースティック&エレクトリックのアンコールで、演者全員のkimochiが聴けたのは、自問自答を期待していた僕でも感動のあまり白目を剥きながら膝を震わせるほどで、その効力たるや今だに続いているくらいだ。危うく召されそうになってしまった。会場の人たちも皆白目を剥いて揺れていた。深海生物のようだった。もちろんこれも白目で書いている。そしてYureru。

 

面白かったのは、そのライブ会場で妙齢の人妻美女Cさんに会ったことだった。妙齢と言っても、僕より10ほど上だろうか。顔は整っていて気さくな人で、言動がさっぱりしているというか歯に衣を着せぬといった物言いだ。初め声をかけられた時はどこぞのねずみ講デート商法の類だろうと眉間にマリアナ海溝ほどもあろうかという深い皺を作り、口は真一文字に結んで天岩戸宜しく殻に閉じ籠りを貫いていたのだったが、話をしていくにつれ警戒心ギリギリのところまで懐柔されてしまった。僕はひどい童貞気質でちょろいので。もう好きになっちゃったんですよね。美女に少し優しくされるともうダメんなんですわ。

 

印象的だったのが「イケメンだけど…マイワールドがすごそう」と言われたこと。会って1時間足らずで、よくもまぁそこまでわかるものだなと。友人も笑ってた。外見はさ、すぐわかるじゃないですか。「アッ!イケメンだ!」って。「こりゃあとんでもない逸材がきたぞ!!」って。

でも精神面を家宅捜索されるとは思わなかった。思わなかったけど、気持ちよかったんですよ。人は自分の認識と違った決めつけや断定をされると、加えてその人が嫌いであればあるほど言い方次第でかなり反発するというか否定すると思うんだけど、僕は簡単に籠絡されてしまったのでただ笑ってしまった。そしてそれが好印象として残っているのも面白い。お互いその場限りの人間関係と思っていたからという部分もあるだろうけど。多分好きになっちゃったんだろうな、あと5年早く出会っていたらなあとも思ったし。

人格というのは人との交流のなかで決まっていくのだろう。

 

美女関連で、ガッキーの話。

headlines.yahoo.co.jp

要約するとガッキーの優しさが飴で炸裂して女神に後光がって話なんですが、もうどうしようもないくらい美女なのにとんでもなく優しいなんて、好きになってしまうじゃないですか。ベッドで朝まで恋ダンスしたくなっちゃうじゃないですか。恋が愛に変わっちゃうじゃないですか。金曜夜にソファに座っている僕に抱きついてきて、「ねーねー、明日休みでしょ?私も休みなんだよ。何するー?」って聞いて欲しいじゃないですか。

欲しいじゃないですかッッ!!

 

すみません取り乱しました。 

休みの間、ほとんど誰かと時間を共にしていたので、少し寂しいのか、それとも9連休の反動で少々疲れているのか。

癒されたい、愛されたい、休みたい。ガッキーと。

仕事、行きたくない。

 

親子二代のマドロスなのに

ゴールデンウィークである。『ゴールデン』の名を冠するにふさわしい連休だ。GWに入る前、上司が仕事をしているのを横目に、僕はせっせとスケジュールに『有給所得奨励日』と打ち込んでいた。またあるときは、連休を決め込もうという僕のことを、上司がスライムのごとく仲間になりたそうにこちらを見ていることを感じつつ、有給取得に関する書類を上司に提出し、結果僕はそのウルツァイト窒化ホウ素にも引けを取らない硬い意思のお陰でゆったりと自堕落に休んでいる。

驚くなかれ、9連休である。私は少し驚いている。というのも、去年の今頃は土曜も日曜も祝日もなく駆り出され、挙句の果てに代休は消化できずに消えてしまったほどだったから、あるいは今年も休めないのではないかと半ば諦めていた。

諦めていたと入っても、勿論『不用意に仕事を入れたらてめぇの顔面の骨格を珍しいかたちに変えてやるからな』という気概は捨てていなかった。そのギラギラとした気迫の賜物でかくも長い休みを得られたのだろうか。仮にそうだとするならば、この気迫は捨てずに一生持ち続けたいところである。

 

さて、人間関係がない私だ。友人とライブ(THE  MATSURI  SESSION)以外に関西から後輩が遊びに来る他は予定がない。予定のない半数を読書やアニメや音楽、あるいはお駄文に費やしても楽しいとは思ったが、私は短い時間ではあるが帰省をした。始めは(金もないし、何より往復で相当の時間がかかるから、帰省はやめてのんびりしていようかな…)とも思っていたのだが、家族全員が高齢で、(あの人たち、ちょっと顔を見せないとうっかり死んじゃったりするかもしれない)という不安が襲ってきたので、家族という素晴らしい人間関係の有無を確認するために新幹線に乗り込んだ。

 

結論から言うと、家族は皆、アラサーを目前にした私よりも元気であり、体力がないとか食が細いだのと言われるくらいだった。加えて「性格が悪い」だの「一言も二言も多いから彼女ができない」だの、「ひどく面倒臭い」と老人性元気で罵倒されるばかりだった。

しかし私にも反論がある。面倒臭さの半分以上は父譲りである、と。

 

帰省初日のことだ。家族で焼肉を楽しんでいるときの父との会話。なんの流れか私は「酒を飲んで書いて暮らせればそれ以上のことはないのではないか」という旨の発言をした。父は「かつて李白杜甫がそうだったな」と返してきた。その通りだ。酔っ払っているくせによく出てくるものだと感心した。こういう手合いは相手にかぶせることで喜ばれることを知っている。「日本で言うところの種田山頭火や尾崎放哉もそうだ」というと、父は感心したように唸った。嬉しそうだった。理屈と屁理屈が好きな人なのだ。この私でも手に負えないと思うほど面倒な人なのだ。

 

前に帰省した際に、駅まで送ってもらったときは更に面倒だった。寝ぼけ眼の私は、車窓から外を眺め、「冬だというのに暖かいものだ」とつぶやいた。眠気と、実家から駅へ向かう道中の、多少の感傷にまどろんでいる。

「温暖化だな。原子力発電は大量の冷却水を海水で補っているけど、熱くなった海水はそのまま海へ放出している。暑くならないわけがない。そもそも温暖化の原因としてー 」云々。

私は(始まってしまった…)と狭い車内で一人閉口した。困ったことになったと思った。こうなるとこの人は止まらない。否定するに足る理屈も同調する意思もなく、早く終われといううめき声にも似た単調な相槌でやり過ごした。楽しいのだろうとは僕でもわかるが、付き合ってやるほど元気でもなかった。

 

面倒であると散々言ったが、あの人は遊ぶ選択肢が多い。オセロにチェス、将棋に釣り、ゴルフに至るまでは休みに連れられて学んだものだ。教えている最中にはまた理屈っぽく、「魚の居場所は岩陰やー」「左にスライスするのは身体の回転軸がー」「桂の高飛び歩の餌食だぞ」などと面倒臭く教えてくれた。しかしこれらは楽しかった。さすがにルアーを自作したりなどはしなかったが。

本を読むようにしてくれたのも父だ。月に1、2冊本を買ってくれた。シェイクスピアを教えてくれたのも父で、これらには感謝している。

 

書いているうちに、やはり似ているというか、似たくないというか、似るのも悪くないというか、そんな面倒臭い感じになってきた。あの人の子供なのならば、僕も面倒臭くなって当然なのだろう。母には悪いが、こんな反論をさせてもらおう。

 

ああ、腰が痛い。

確かこの腰痛も父譲りだった。 困ったものだ。

 

ゴロワースの香り、あるいは氷の溶ける音

お洒落な文章を書いてみろ。

正面に座っていた同期は、ビールで顔を真っ赤にしながら俺にそう言った。

自分でもわかるような引きつり笑いをして、小さく頷いた。ぬるくなったビールをあおった。

──土台無理な話だ。

なぜなら俺は自分が洒落ていないことを知っている。

それに、だ。

こういう一人称とか、無駄な改行、語尾で誤魔化そうとしている。仕方ないことだ。これが俺にできる、注文に対して唯一できる回答だからだ。

 

ということで、お洒落な文章とは何か。ここ2,3日立ったり座ったり、散歩に出かけたら雨に降られたり。洗濯物が干す前より濡れていたり。そういうことをしながら考えたことを備忘録がてら書いていきたい。

そもそも僕は考えすぎる傾向にある。馬鹿みたいに一人でしょーもないことをぐるぐる考え、挙句にまったく関係のないところにきていることが多い。

始末におえないのが、「んで、最終的になんなんだっけ?」となるところである。まるで認知症老人ではないか。

こんな人間が果たして”お洒落な文章”など書けるだろうか。うっすぃうっすぃ表面を撫でたか撫でないかくらいの雰囲気も出ていないものになること請け合いではないか。

 

そうは言っても、せっかくなので。

まずはお洒落な音楽でもかけながら読んでほしい。例えば、ウィスパーボイスなボーカル。ワウとキレのいいカッティングを多用するギター。主張しない重厚なベース。軽快なタム回しのドラム。そういういう音楽を聴きながらだと、何となく雰囲気が出てくるのではないか。間違っても合唱はやめてほしい。しかも合唱コンクールのは特に。青春とお洒落は噛み合わないことが多いから。

 

材料は「酒と煙草と男と女」だ。それでは見てみよう。

お洒落な文章には酒だ。洋酒がよいだろう。バーボンやスコッチ辺りの蒸留酒が好ましい。ワインは知識が必要な上に少し鼻に付く人がいるかもしれない。バーボンについては、必ずロックだ。いや、ストレートでもいい。水割りはだめだ。無闇にアルコール度数を下げてはいけない。ロックの氷が溶けて水割りみたいになったのは、よしだ。時間の経過を示す指針にもなる。

次に煙草だ。ここもわかばやエコーなど、旧3級品は違う。ゴールデンバッドはありだが。これは俺の好みだ。芥川や太宰が吸っていたからありなのだ。ポール・モールやゴロワーズなんかがいいかもしれない。なんか名前とかパッケージがオシャレっぽい。名前も。雰囲気だ。

そして男だ。これは重要だ。物語の主幹となりうる。前者の酒と煙草をどっちもやる。そして酒は強くなければならない。アルコールを一口含んでほろ酔いになるやつに物語をお洒落に進められるか懐疑的だからだ。声も低く、長身、ほどよい痩身か。一言で表すならスタイリッシュ。少し悲しそうに笑うのはどうだろうか。それとも笑わない方がいいのか?ここら辺は適宜だろう。

最後に女だ。ここも前の男と同様、主幹になりうる。高い声でキィキィ叫ぶような輩は違うだろう。矢鱈滅法グラマラスである必要はないが、ある程度の伸長は必要だろう。できればヒールの似合う綺麗な脚がいい。加えて、含みのある物言いが影を作る感じだ。断定しない口調だろうか。

 

ここまで考えた。これは果たしてお洒落か?どこかから借りてきた衣装を似合わないまま、おだてられるまま着ているような気もしないでもないが。その疑問を抱いた上でこの前見た嫌な夢の話を書こうかと思ったが、どうしても書いている自分が恥ずかしく笑けてくるので、男をハゲ散らかしてみたり芋の水割りを小汚い食堂でくだを巻かせたり、女は女で大声で笑ったりフガフガ言わせながら汚い言葉遣いをさせてしまうので断念した。お洒落さに逆と思われる要素を組み合わせると面白いのではないかという気持ちが湧き起こってきてどうしても雰囲気を維持できる自信がなかった。

 

材料があっても、オシャレに盛り付けることができない。もしそんなことをすすめられても、書いているうちに俺の膝が笑って涙が止まらなくなってしまう。書いてみたいと思う反面、それをする自分に疑問を持ってしまう。

どこかで文体練習として書いてみたいとも思う。どうか笑わずに御笑覧いただけたら。

ポカリスエットを想いながらイオンウォーターに抱かれる

急性胃腸炎から、かれこれ2ヶ月が経とうとしている。光陰矢の如しとはよく言ったものだ。全くもって時が流れるのは早い。以前母上に、急性胃腸炎になったが、なんとか無事に治った旨をお話しした際、以前に母上も患ったようで、その時には入院点滴ものだったそうだ。牡蠣など食べていないならストレスだろうから、まぁあまり溜め込まないようにという助言をいただいた。無茶を言うなよ。

加えて曰く「急性胃腸炎は1度なったらなりやすくなるから気をつけて」とのことだった。またあの痛みを体験するのか、竜よろしく白目を剥きながらケツから血を吹くのかと思うと背筋が凍った。ホワイトアイズ・レッドドラゴンはもうごめんだ。既にストレスで胃が痛くなる思いだった。

 

病床に臥す間になくなったポカリスエットの買い置きを台所下において、おかゆを備蓄した。そして思い出すに、あの頃の私は食べるのも辛く、ポカリスエットに頼りきりだった。ポカリスエット依存だった。ポカリスエットに抱かれたと言っても過言ではなかった。

こういう時、女子力の高い僕は一瞬で美女になってしまうから、「イオンウォーターに抱かれながらポカリスエットの夢を見ている」と錯覚してしまう。

 

馬鹿な話だ。

 

なんでも、水よりも体に吸収がいいポカリスエットは病気のときに、アクエリアスはスポーツ時に飲むのがいいらしい。それを知っていたし、味もポカリスエットの、ちょっとした甘ったるさが好みで、アクエリアスとの最後の思い出は中学時代の部活の休憩の合間が最後だったんじゃないかと思う。あとは母上がアクエリアスを「アクエリ」ではなく「アック」と省略することに違和感をずっと持ち続けていることくらいだった。

「アック」は異質な、違和感ある呼び方のまま、私の記憶の片隅にどっかり居座り続けた。マクドナルドを「マック」と呼ぶことに違和感を持つ関西人のそれと同じような心境なのではないだろうか。私も「マック」と呼ぶ人間なので、ここいら辺はすんなり受け入れたいところなのだが、どうにもそういかないのが人情である。

アクエリアスは「君はとっても乾くから」と言ってきた。「君の乾きのチカラになりたい」と。それでも無味乾燥な私の心は動かなかった。

 

逆にポカリはずっと私と一緒だった。風邪のとき、つまり私が弱っているときには必ず傍にいてくれた。優しく微笑んで、「大丈夫?僕が傍にいるからね」とポカリは耳元で小さくささやいてくれた。「僕は水よりも君に近いんだよ…」弱って視点が定まらない私は「あなたって、やっぱり甘いのね……」とポカリの手を握り返しながら弱く微笑んだ。それは、いつも一緒でいつでも駆けつけてくれる水よりも確かな温もりがあった。

母もポカリは「ポカリ」と言っていた。「ポカリ君、あなたにはもったいないくらいいい人ね」と。

 

そんなポカリにはイオンウォーターという弟がいた。兄よりも色素が薄く、いささか現代っ子らしいクールな印象だった。ポカリの優しさに惹かれながら、マンネリな、いつも優しすぎるポカリの姿に違和感を覚えていた自分の心に気付き、私は愕然とした。

それでもポカリは何よりも私に近かった。いつも優しかった。私は打ち明けるべきか悩んだ。優しさを裏切るまいという気持ちとは裏腹に、次第にイオンウォーターのとこが気になり始めていた。周りは口々に「あんなやつやめときなよ!」「絶対ポカリの方がいいに決まってるんだから!」と私を諌めた。それは私にもわかっていた。でも、一度気づいてしまった恋心は速度を増し、もう自分では止めることができなかった。ポカリも私の心を知ってか知らずか、少し私に遠慮するようになった。いつも何よりも近かったポカリのことだから、薄々気づいてしまったのだろう。それで身を引いてしまうポカリが許せなくて、私は反発するかのようにイオンウォーターのところへ走っていた。

 

ある夜、ベッドの上で私の手はイオンウォーターと繋がれていた。今時の低体温な手だと思った。ポカリと違って素っ気ない。ベタベタとした甘えがない。それが物足りなくも、新鮮だった。「イオンをINしてONになろうよ…」と、イオンウォーターは迫ってきた。「俺は兄さんみたいに甘やかしたりしないよ…」と言いながら私にキスをした。少し怖いと思った。実際、蓋を開けてみるとただの味気ない子供だった。イオンウォーターの底にはポカリの面影があったものの、空虚ささえ感じてしまった。その瞬間、私の脳裏をよぎったのは、優しいポカリの笑顔だった。間違いない。私の運命の人はこの人ではなかったと確信した!

 

イオンウォーターの手を振りほどいて、私はポカリの元に駆け出した。私はポカリの胸に飛び込んで泣いて謝った!ポカリは何も言わずに優しく私を抱きしめてくれた。「やっぱりあなたって甘いのね…」と涙をぬぐいながら小さく微笑んだ。

それから、私はポカリと同棲することにした。私の家には、いつも優しく微笑むポカリがいて、それだけで十分だと思った。ポカリは水より私に近い水で、私の約70%を満たしてくれた。

 

 

私とポカリの恋愛は以上です。

実際は26歳の男です。

白昼夢を見たというあなた。その感性は非常に正しいと思います。僕もまったく同じ感想です。そしてこれを書きながらポカリではなく、日本酒を飲んでいます。僕の中の『アタシ』は、割合誰にでも抱かれるようです。

 

元ネタは敬愛する上田啓太さんの真顔日記。『セブンイレブンを想いながらファミリーマートに抱かれる』です。

diary.uedakeita.net

 

 

皇帝、貴方は正しかった!!

5億ください〜 oh 5億ください〜 zoo

はい、フラれました! 覚えてますか!僕ね、フラれたんですよ!

この中の上のスペックを有していながら!盛大に!

最近休みには人と会っていたんだけど、この土日は予定がないんです。

反動かな?なんだろう、この薄ぼんやり感。

脱力感、空白の脳、虚無、ピクリとも起こらんやる気…

これじゃあいかんと思い、筋トレして走って、バッティングセンターですよ。

体動かさなきゃというこの使命感というか、義務感というか。

いかにもフラれた人間という感じがしませんか?

 

常にかっこいいじゃないですか、僕。

それがね、今やこの有様ですよ。半べそ。人間味、溢れちゃってますでしょ?

好きになっちゃわない?いつも強靭な僕がこんなに弱っているところ、どう?

ギャップにクラっときちゃわない?きちゃいません?

まあ僕が強靭なのは間違った方向にですけどね。

間違った方向に優しいと言われますからね。なんだそれ!

 

そもそもね、フラれたことってないんですよ。あります?フラれたこと。

ほら、面倒臭い性格だけど、それを差し引いてもいい男じゃないですか。そこそこ。

だから『人生で1度くらいフラれてみたいな〜(笑)』だったわけですよ。

それが今やウジウジですよ、精神ベコベコですよ、これは効きますね〜

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さあ、そんなことより、新年度です!新生活です!

どうですか?フラれてますか?

いいですか皆さん、この世にはね、愛なんてないんですよ!

結婚とか彼氏彼女とか!嘘だからね!騙されるな!目を覚ませ!

ないから!愛とか!あってもすぐ壊れるから!

というか僕が積極的に破壊していくから!この南斗聖拳で!!

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おフラれ事件から1週間が経とうとしているんですよ!なのに!なのにあの場面が!

「ごめんなさい」という場面が!脳内で!リフレインするんですよ!わかりますか!? 

いいか!?僕にごめんなさいと言うなよ!わかったか!

よし、ごめんなさい禁止ゲームしよう。ごめんなさいって言ったら負けな。

罰ゲーム決めよう!その方が緊張感と楽しさが出るから!な!

ごめんなさいって言った奴からバールのようなもので殴打される!はい決定!

慰めんかい!なんなら優しくせんかい!でも必要以上に優しくしないで…

ここら辺の面倒臭い乙女心を理解しろ!わかったかコノヤロウ!

傷心に効く薬を買ってこい!見舞いにこい! 

俺にフラレターラを見舞え!ついでにバールのようなもので一撃見舞え!

後頭部から止まらない血でフラレターラ3錠飲むから!あと麻酔も頼む! 

 

 もしくは3億ください。やっぱり5億。

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夕暮れすぎてきらめく街の灯りは

大きな木に淡紅色の花がついていた。桜が咲き始めたらしい。気付いたのは今日のことだった。樹の根に近いほうから花開いているらしく、上空は未だいささか寂しい。なぜ下方からなのだろう。暖かいからだろうか。栄養が行き渡りやすいからだろうか。幾日か寒い日が続いたが、もう1週間もしたら満開になるのだろうか。雨で散ってしまわないだろうか。そんな小さなことを心配してしまう。満開になったら、近くの公園にビールを持ってひたすらに「東京」というタイトルの曲を聞きながら夜桜を楽しみたい。「貴様がいるのは東京ではないではないか」などと言う無粋なことは言いっこなしである。要は気分の問題なのだから。これはかれこれ4年もやっている儀式というか、僕個人における祭りみたいなものだ。

 

もう1週間もすると桜が満開らしい。会社の近くは桜祭りだとかで、通りに提灯が並んでいる。夜に灯るとなんとも美しい。

しかし寂しいことに、梅はそのほとんどがこぼれてしまった。東北の山間部辺りではまだ見られるだろうか。あの梅を見かけたときの安堵と小さな歓びは桜が取って変わってしまった。結局、今年も高尾梅郷には行けなかった。いつも時期を逃してしまう。

 

先日、大まかに1年ほど会っていない人と会ってきた。僕は、恥ずかしながらその人に好意を持っているようだった。会わなかった1年の間、幾度か曖昧模糊な、靄々とする感情があった。それに気付くと大体はバツの悪い、苦笑いと溜息をつきたくなるばかりだった。恐らく、川端康成言うところの

なんとなく好きで、その時は好きだとも言わなかった人のほうが、いつまでも懐かしいのね。忘れないのね。別れたあとってそうらしいわ。

『雪国』

da-shinta.hatenablog.com

といったところだろうか。折に触れて湧き上がる掴み所のない浮ついたようなそれが、僕にとっては非常に我慢ならなかった。

いい機会だと思った。年度末だから、さっぱりして新年度を迎えようと思った。そのために今月末に会う約束を取り付けた。仕事も私生活も一区切りだ。うってつけだーー勿論これは、自分が逃げないようにするため、自分の重い腰を上げさせるために作り上げた体のいい小理屈だ。別に年度末でなくたって、年末だってよかったはずである。しかしこれに関しては更に恥ずかしい話があって、大まかに1年会っておらず、昨年末に意を決してお会いした際にはいよいよ言い出せず、モジモジとしてしまった過去がある。そこからほぼ4ヶ月。そのときのリベンジでもあった。

結果、というか、会って始めにする話でもないと相も変わらずずるずると引っ張り、解散のときに僕の重い口は開いた。酒の力を借りるという非常に恥ずかしい、男らしさの欠片もない状態で、事前に考えていた散り散りの台詞を拙い思考で追いかけることになった(寧ろ男らしさとかいうものは幻想で、こういった女々しさの方が男なのであります)。

好意を持っていたということを今更ながら伝え、加えて雲煙模糊な感傷的な感情に決着をつけに来た旨を伝えると、「私は自己満足に付き合わされているのか」と呆れ顔で彼女は言った。彼女らしい物言いだと思った。僕は思わず笑ってしまった。そして僕が笑い終えると、呆れ顔のまま「嬉しいけど、ごめんなさい」と静かに言った。

言葉にしたことで、僕の形容しがたい感傷との決別。目的は達成された。出来れば非常識だの厚顔無恥だのとこっぴどく罵られた方がさっぱりとしたかもしれないが。

 

あぁ、忘れていた。書いていて、僕が考えた遺言に等しき台詞の中に、伝え忘れていたことがあったのをひとつ思い出してしまった。彼女はスカートを穿かない人だった。ずっと前に「次会うときにはスカートを是非」とお願いしたことがあった。次の時に彼女はスカートで、僕はそれが嬉しいやら恥ずかしいやらで、ろくに見向きもしなかった。とてもよいということを伝えられずにいたことを謝罪したかったのだ。まぁそれも既に後の祭りというやつか。

 

"思いのまま"という花がある。梅だ。この花の芳香はほの甘い。今回の出来事は非常に惨めなかたちではあったものの、僕の目的は達成された。思いのままだった。梅の別称を春告げ草という。春は来なかった。梅は残念ながらこぼれてしまった。 雨の降り始める音を聞いた。

 

雪国の踊り子

ここ2,3日冷えたものの、東京は次第に暖かくなってきてた。そろそろ桜のつぼみがふっくら丸みを帯び始めるのではないかと思われるくらいに、もうすっかり春の様相である。ぼちぼち春服にしなければいけないなあと思いながら、ファッション誌なるものをパラパラと立ち読みしてみると、これがどうにも分からない。なんだ、『敢えて』だの『異素材で』だの『ハズす』だの。こっちとらハズしっ放しのハズかしい人生だってのに。正解を知らないからハズしようがない。何度読んでもファッション誌がまったく分からない。ファッション誌からそのまま出てきたような服を着ている人を見ると、ちょっと後退りしてしまう。あれはなんだか2次元みたいな、誌面から出てきてはいけないようなものだと捉えている節が僕にはあるらしい。そんなファッションあるじゃないですか。

更に後ろの方の特集では『女子のホンネ』『こうすれば気になるあの子をオトせる』みたいな、途中がやたらとカタカナになっている数ページは読んでいて赤面してしまいそうになるし、そもそも(そんなの人によるだろ…)と、どうにも楽しめない。なんだ、ムー感覚で楽しむものなのか?

でも世の女性陣はイケメン読モなるお洒落な奴らが好きなのだろうなあ。

 

お洒落といえば、最近どうにも鼻に付くのが川端康成。『雪国』や『伊豆の踊子』なんかが有名な日本人初のノーベル文学賞受賞者。僕は『眠れる美女』ですっかり挫折して離れてしまいましたが。眠れる美女を三島由紀男は非常に構成的と言っていたけど。今一度読めば分かるのかしら。

 

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

川端康成『雪国』)

それでもこの冒頭は知っているし、洒落たもんだなあと思う。ちなみに国境は「こっきょう」ではなく「くにざかい」だという話を聞いたことがある。なるほど国内に「こっきょう」はないからな。

 

ちょっと文学を調べていると、『高踏派』だの『白樺派』だの『余裕派』だの、まあたくさんの派閥が出てくる。『自然主義』や『新現実主義』、『耽美主義』なんて、主義もたくさんある。ちなみに僕の本棚には『無頼派』と『新技巧派』が多い。

川端康成は何かというと、『新感覚派』だそうだ。

気になって川端康成を調べていくと、まあお洒落な文なんですよ。ちょっと腹立つくらい。

 

なんとなく好きで、その時は好きだとも言わなかった人のほうが、いつまでもなつかしいのね。忘れないのね。別れたあとってそうらしいわ。

『雪国』

同じ雪国より。これは結構心当たりがあって軽い悲鳴をあげてしまう人もいるんじゃないですか。どうですか。

 

別れる男に、花の名を一つは教えておきなさい。花は毎年必ず咲きます。

『掌の小説』

 これがまっっった小洒落ているとは思いませんか。小洒落ていてなんだか腹が立ってきた。コノヤロウ!康成コノヤロウ!これをされると、男はおそらく思い出してしまうし、匂いのあるものだと余計に花に気付きやすくなるんじゃないかなあと思うわけです。そしてこんな文章を男が書けるもんなんだなあと感嘆する。これは完全に女性の視点なんじゃないのかな。少なくとも僕は考えもしないだろうし。

 

騙されないで人を愛そう、愛されようなんてずいぶん虫のいいことだ。

『女学生』

ははは。 

 

 

全体的に小洒落ていますね。顔はちょっとした妖怪みたいなのに。してやられた感じがとても悔しいよ。

最後にもう一つ。周りの同棲結婚出産ラッシュに身を屈め、ひとりの寒さに耐えている僕に、川端先生の言葉が沁みるわけですよ。

 

健全な愛は健全な人にしか宿らないものだよ。

水月

 

……そっかぁ。